クリスタとの話し合い.1
「あら、オリヴァー……アデリナ? それにあなた……」
三人で店に戻ると、クラリッサが首を傾げる。それもそうだろう。オリヴァーは帰ったはずのアデリナを連れ帰るだけでなく、クリスタまで引っ掛けてきたのだ。
オリヴァーは嘆息すると、ちらりとクリスタを見やる。
「アデリナを馬車まで送っていたら、急に出てきたんだよ。往来で俺を
「ああ、そうなのね。久しぶり、と言いたいところだけど、私、嫌われてたわね」
どうやらクラリッサとクリスタは知り合いらしい。兄の仕事仲間だからおかしくはないが、クリスタはクラリッサを一瞥して顔を背ける。
「別に嫌いなわけではありませんわ。ただ気に食わないだけです」
「だからそれを嫌いっていうんでしょうよ。まあいいわ。立ち話もなんだから、あっちの部屋で話せば? 私、お茶の用意をするから」
クラリッサは苦笑して奥の部屋を指差す。来客用のソファがある部屋だ。オリヴァーに連れられて、アデリナとクリスタもそちらへ向かった。
◇
「それでお前は一体何をしに来たんだ?」
オリヴァーは向かいに座るクリスタに、疲れたように問う。クリスタはそんなオリヴァーに頓着することなく、オリヴァーの隣に座るアデリナを睨みつけて答える。
「何かをしにきたわけではありませんわ。ただ、この方が何を企んでいるのか見極めようと見張っていただけですの」
「え、私、ですか?」
アデリナは自分を指差して、クリスタとオリヴァーを交互に見る。驚きよりも困惑の方が大きい。一体何を疑われているのか、何も考えていないアデリナには想像もつかなかった。
クリスタはそんなアデリナの様子に激昂する。
「とぼけるのはおよしなさい! そのとぼけた演技も嘘くさいというのがわかりませんの? お兄様が噂通りの殿方ではないから、騙すのは簡単だと思ったのでしょうが、わたくしは騙されませんわ!」
「いい加減にしろ!」
オリヴァーが声を荒げる。アデリナは、これまでオリヴァーが静かに怒りをたたえることは見たことがあっても、声を荒げることはなかった。
驚いてオリヴァーを見ると、苦虫を噛み潰したような表情でアデリナに頭を下げる。
「アデリナ、妹が失礼なことを言ってすまない。それに、恐らくここ最近アデリナが感じていた視線の犯人はクリスタだ。見張っていたと言っていたからな。怖い思いもさせて、重ね重ね不肖の妹がすまない」
「不肖の妹って何ですの。わたくしは……」
クリスタは納得いかないのか、言い募ろうとする。それをオリヴァーが冷たく切り捨てた。
「お前は黙っていろ。反省するどころか開き直ろうとするとは。お前は自分が何をしたのかわかっているのか? 根拠のない誹謗中傷に、監視行為。相手がどれだけ傷つくか考えたことがあるのか? お前のやっていることは最低だ。本当に不愉快だ」
クリスタは目を見開いたかと思うと、顔をくしゃっとさせてポロポロと涙を零し始めた。それに慌てたのはアデリナだ。
「クリスタ様……!」
「アデリナ、放っておいていい。こいつは言われて当然のことをしたんだ」
どこまでもオリヴァーの態度は冷たい。だが、アデリナはお茶会でクリスタがオリヴァーのことを思っていることを知った。きっとこれも兄を思う故に暴走したことなのだろう。
アデリナはクリスタに問う。
「クリスタ様は、オリヴァー様が心配だったんでしょう? 私が急にオリヴァー様に接近したから利用されているんじゃないかって」
「……ええ。これまで接点がなかったのに、おかしいと思いましたの。お兄様には噂が多くありますが、事実じゃないものもいくつかありますのに。お兄様はその噂を真実にするかのように振る舞うし……そんな今のお兄様は嫌いです。だけど、そんなお兄様を利用する人たちはもっと嫌い……!」
「クリスタ……」
オリヴァーはクリスタの気持ちを聞くのが初めてなのか、呆然と名前を呼ぶ。アデリナは誤解がないように、これまでの経緯を説明する。
「クリスタ様。信じていただけるかわかりませんが、お話します。私はこの外見なので、どうしても背伸びした格好ばかりして笑われていました。それが辛くて悩んでいる時にオリヴァー様と知り合いました。服を仕立てていただくだけではなく、アドバイスをいただいたので、この方の下で働きたいと思ったんです。それで、社交界にデビューするまでの間、こちらでお世話になることになりました。
あと、オリヴァー様は
今度はアデリナが泣きそうで俯くと、オリヴァーが頭を撫でる。
「そんなに自虐に走らなくても……庇ってくれるのは嬉しいが」
「いえ、自虐ではなくて事実です」
「本当に君は……クリスタ。こんなアデリナが、俺を利用していると思うか?」
オリヴァーに話しかけられたクリスタは、先程までの怒りを思い出したのか、体を竦ませる。
「……わかりません。だって、あの女は無邪気な笑顔でお兄様を騙した。明らかに非があるのはあちらなのに、お兄様の外見を利用して自分の有利になるように事を運んだ。わたくしは全て知っております。どうしてお兄様は怒らないんですの? わたくしははらわたが煮えくりかえりそうですわ……!」
あの女という言葉にオリヴァーから表情が消える。きっと触れられたくないことなのだろうと、アデリナは黙って事の成り行きを見守った。
オリヴァーはため息をつくと、静かに口を開いた。
「……知っていたのか。わざわざ言う必要もないから言わなかったんだが。まあ、俺に見る目がなかった、それだけだ。それにしても、お前は俺を嫌っているとばかり……」
これにはクリスタは黙り込んでしまった。見かねたアデリナが口を挟む。
「いえ、クリスタ様は陰ながらオリヴァー様を応援されていたようですよ。お茶会で知り合った方が、クリスタ様からオリヴァー様のお店をご紹介いただいたそうなのですが、それは秘密にして欲しいと仰ったと聞きましたので」
「ちょっと……!」
アデリナの暴露にクリスタは慌てる。何も悪いことをしていたわけではないのに、秘密にするから誤解されるのだとアデリナは思う。
「遅くなってごめんなさいね。お茶でもどうぞ」
そこでクラリッサが入ってきてお茶を出し、クリスタの隣に座る。それにもう涙が止まったクリスタが顔を顰める。
「……なんであなたが」
「別にいいじゃないの。どうせあなたが私を気に入らないのは、お兄様に色目を使ってるとか、そういう理由なんじゃないの? 話を聞いていたらどうもそれっぽいのよね」
「というか、聞いていたんですか、クラリッサさん」
お茶が遅くなったのは聞き耳を立てていたからなのかと、アデリナは脱力しそうになる。
「面白そ、いえ、なんだか真剣な話をしているようだったから、入りづらかったのよね」
「さりげなく本音が出てるぞ、クラリッサ。まったく……」
「まあまあ。それよりも誘拐犯とか、変質者でなくてよかったわね。ただのお兄さん思いの妹がやっていたことみたいだし」
呆れるオリヴァーをいなして、クラリッサは話を変える。そもそもの発端はそこだったとクラリッサが思い出させてくれた。
問題は解決したのだから、これでマーカスや両親に言わなくてもすむと、アデリナの顔に笑みが浮かぶ。
「はい。これでまた働き続けることができます」
「……あなただって男爵家の娘なのだから、政略のために結婚しなければならないのではありませんの? 大人しく淑女教育だけ受けていればいいものを」
クリスタにはアデリナの考えが理解できないようだ。嫌味ではなく不思議そうに首を傾げている。
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