得られた理解
そうと決まれば早い方がいいと、オリヴァーはその二日後にベールマン男爵邸を訪ねてきた。
応接室にアデリナ、オリヴァー、両親とマーカスの五人が集まる。オリヴァーとアデリナが並んで座り、その向かいに両親、マーカスという席順だ。
「それで、本日はアデリナのことで話があるということなのですが……」
父が恐る恐る口火を切った。格上のファレサルド伯爵家の人間であるオリヴァーから何を言われるのかと戦々恐々なのだろう。だが、ここでもアデリナへの縁談の申し込みだと全く思っていないのが丸わかりだ。隣の母も緊張の面持ちで、父とオリヴァーを交互に見ている。
オリヴァーは笑顔を浮かべ、その問いにスラスラと答える。
「実はアデリナ嬢が、私の元で働きながら仕事や服飾について学びたいそうなんです。ですが、彼女はまだ社交界デビューを果たしていません。ちゃんとご両親の許可を取ってからということで、挨拶も兼ねてこうしてご両親の許可をいただきに参りました」
「え? アデリナが?」
父は更に困惑を深めたようで、助けを求めるようにオリヴァーから周囲の面々をぐるりと一周見回して、再びオリヴァーに視線を戻した。
オリヴァーがアデリナを見て頷いたので、今度はアデリナが口を開く。
「お父様、お母様。急にそんなことを言われて戸惑っているとは思います。ですが、私は自分に自信が欲しいんです。オリヴァー様に仕立て直していただいた服を着て、初めて自分でも可愛くなれるかもしれないって思いました。それに、このままでは私に結婚は難しいかもしれません。お二人もわかってますよね。私に求婚してくる方々には問題がある方ばかりだと。それなら職業婦人として生きていく道も考えないと、私はこの家に負担をかけるだけです」
「アデリナ……お前がそこまで考えていたとは思わなかった。だが、今は縁談がまとまらなくても、いずれまとまるだろう? 何も焦らなくても……」
渋る父にアデリナは否定する。
「焦っているわけではありません。今はまだ社交界デビューもしておらず、縁談も決まっていないので、自由に動けます。ですから、ただいたずらに時間を無駄にするよりは、将来的に役に立つことをしたいんです」
「だが……」
父は母と顔を見合わせて、オリヴァーをちらりと見る。その視線に何か思うところがあったのか、オリヴァーが神妙な顔になった。
「……お二人が心配されているのは、大切なお嬢さんを自分のような評判の悪い男に預けることでしょうか」
「いや、それは……」
父は図星を突かれたようだ。言葉に詰まり、視線が泳ぐ。オリヴァーはため息をつくと、自嘲するように笑った。
「まあ、そうでしょうね。私の行いはいいとは言えませんから。それならアデリナ嬢をどこか信頼できる方に預けることを考えていただけませんか? 彼女が自分なりに考えて決断したんです。子どもの意見を尊重してあげてください」
「オリヴァー様、待ってください!」
そこに待ったをかけたのはアデリナだ。どうしてオリヴァーは、そうやって自分の悪い噂を認めるようなことを言うのだろうか。アデリナを庇ってくれるのは嬉しいが、オリヴァーの諦めたような寂しい笑顔は見たくなかった。
それに、アデリナがこうしていろいろなことを考えられるようになったのは、オリヴァーとクラリッサの影響が大きい。その二人の下で学びたいと思ったのだから、他の人では駄目なのだ。
「お父様。私を心配してくださるのは嬉しいですが、私を信じてはくれませんか? 私は自分の目でオリヴァー様を見て信じ、この方の下で学びたいと思ったんです。他の方では駄目なんです。お願いします。社交界にデビューするまででもいいですから……!」
アデリナは深々と頭を下げる。両親との間にある机に頭をぶつけそうな勢いだった。
すると、アデリナの頭上から母が穏やかな声が降ってきた。
「アデリナ、頭を上げなさいな。あなたの気持ちはわかったわ。社交界にデビューするまででいいのね? それならやってみなさい」
「ちょっ、おい!」
父が慌てるが、母は落ち着いていた。
「あなたが気に入らないのは、娘の傍に男を近づけることでしょう? 相手が誰であっても気に入らないくせに。どうせこのままではアデリナも淑女教育には身が入らないでしょうし、外で揉まれてくるのもいいと思うわ。私は賛成です」
「お母様……ありがとうございます。そうだ、言い忘れていましたが、オリヴァー様のところにはクラリッサさんという綺麗な女性もいらっしゃるので、二人ではありませんよ?」
ひょっとしたら父が心配しているのはそういうことかと補足すると、父は先程より明るい表情になった。
「……それならいいか。わかった。私もアデリナと、そのアデリナが信じた方を信じよう」
「わかりやすいわね。偉そうに言ってるけど、きっと他に働いている女性がいるって聞いたからよ。男親ってそういうものなのかしらね」
母が父の言葉に苦笑している。そこでずっと黙って成り行きを見守っていたマーカスが口を挟んだ。
「……オリヴァー様、あなたはアデリナをどう思っているのですか?」
「マーカス! 伯爵家の方に対して無礼だろう」
父が慌ててマーカスを止めようとするが、それをオリヴァーが手で制して止めた。
「マーカス殿。それは一体どういう意味でしょうか?」
「不躾で申し訳ありません。あなたのアデリナへの気持ちを教えていただきたいのです」
両親はマーカスがオリヴァーに喧嘩を売るのではないかとヒヤヒヤしているが、アデリナにはマーカスがまだ誤解をしているのだとわかった。
(違うって言ったのに、やっぱり誤解したままだわ……)
オリヴァーが誤解しないかと心配になるが、その反面、オリヴァーがどう答えるのかが気になって仕方なかった。アデリナは緊張の面持ちでオリヴァーの返事を待った。
オリヴァーはしばらく黙考し、口を開く。
「素敵なお嬢さんだと思いますよ。向上心もあって」
父を刺激しないように言葉を選んだのだろう。聞いていたアデリナは拍子抜けした。
マーカスはもどかしげに、尖った声で更に突っ込む。
「そういうことが聞きたいのではありません。アデリナを恋愛対象として見ているかと聞きたいのです!」
ズバッと切り込んだマーカスに、両親は目を白黒させ、オリヴァーも驚きに目をみはる。
一方、アデリナは頭を抱えたくなった。折角オリヴァーが大人の対応でやり過ごしたのに、引き戻してどうするのか。
(それは答えにくいでしょう。お父様の前で恋愛対象としてありだと答えると、面倒臭いことになりそうだし、ないと答えるとアデリナに問題があるとでも言いたいのかと、お兄様が突っかかる気がするのよね……)
オリヴァーも戸惑いを隠せないようで、顎に手を当てて俯き加減になる。
「……正直に答えてもよろしいでしょうか」
「それはもちろんです。ここで誤魔化すような方に、アデリナを預けたくはありません」
マーカスは真剣な表情で頷く。オリヴァーは観念したのか、同じく真剣な表情でマーカスに対峙して口を開いた。
「恋愛対象としては見られません」
(……ああ、やっぱりね)
アデリナは俯いて、自分を嘲るように笑う。
外見も性格も子どもっぽい自分が、大人の魅力たっぷりなオリヴァーの相手になれるわけがない。わかっていたのに何故か心が痛む。そんな自分にアデリナは戸惑いを隠せなかった。
困惑するアデリナをよそに、オリヴァーとマーカスの会話は続く。
「アデリナに魅力がないと言いたいのですか?」
「いや、そうではありません。アデリナ嬢はいろいろな意味でまだ幼い。これから先、彼女が成長していけばわかりませんが、今の時点で彼女に対してそういった感情は持てません。私はあなたやご両親が心配するような性癖を持ってはいないので。おわかりいただけますか?」
「そうですか。あなたのお気持ちはわかりました。それなら妹をよろしくお願いします」
ようやくマーカスも納得したようでオリヴァーに頭を下げた。こうしてアデリナはオリヴァーの元で働くことが決まったのだった。
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