アデリナの目覚め
それから数日後、オリヴァーから服の仕立てが終わったと手紙が届いたので、再びアデリナはオリヴァーの店を訪れた。
「いらっしゃい、アデリナ。早速着替えましょう!」
待ち構えていたクラリッサに手を引かれ、服と共に部屋に連れ込まれる。
「絶対に似合うと思うの! オリヴァーはああ見えてセンスがあるのよ?」
「は、はあ……」
アデリナはクラリッサに気圧されながらも着替えを終え、鏡の前に立った。
「うん、すっごくいい……!」
クラリッサから感嘆の声が漏れるのを、アデリナは呆然としながらどこか遠くに聞いていた。
「え、これ、本当に私……?」
鮮やかな青色のシャツに、明るいベージュのスカート。そして足の甲を出したパンプス。
青色のシャツは体の線がはっきり出ないのに、それでいてダボダボには見えない。まさにアデリナのために誂えたような服だった。
それにベージュのスカートは程よく膨らみがあって、アデリナの薄いお尻をカバーしながらもウエストを絞っているので、メリハリのある体型に見える。
そこにワンポイントで足元のパンプスだ。大人びたデザインではないこともあり、背伸びした子どもには見えない。
「早くオリヴァーにも見せましょうよ。きっと喜ぶわよ」
「あ、はい……」
どこか夢心地のアデリナは、クラリッサに促されるまま部屋を出た。すると、扉の前で待ち構えていたらしいオリヴァーが気づいて振り返る。アデリナの姿を上から下まで確認するとオリヴァーは満足気に笑う。
「……うん、やっぱり俺の目に狂いはなかった。似合うと思ったんだ」
「ありがとうございます。なんだか自分じゃないみたいで、すごく嬉しいです」
アデリナ自身も思うが、これまでとは違って子どもっぽくもないし、背伸びした感じもしない。体型をカバーしながらも、映えるコーディネートがあるのだと初めて知った。
胸がいっぱいで泣きそうだ。じわじわと喜びに浸るアデリナに、オリヴァーは説明してくれた。
「身長が低いから、目線が上に行くように、シャツを明るめの色にするんだ。で、反対にスカートを落ち着いた色合いにする。重心を上に持っていくようにすればおかしくない。それで、アデリナは肌の色が白くて綺麗だから、足の甲を出すといい。あとはその金髪を編み込んでも可愛いと思う」
「え、え、あの、覚えきれないです……!」
一度にたくさんのことを言われて、アデリナは慌てた。せっかく教えてくれているのに、覚えられないのはもったいない。
「すみません。何か書くものありますか?」
今日は試着するだけだと思っていたので、何も持ってきていない。教えてもらえるとわかっていたら、ちゃんと羽根ペンなりを持ってきていたのにと、アデリナは悔やむ。だが、オリヴァーはそれを良しとはしないようだった。
「書きつけなくても、こういうのは体で覚えていけばいいと思う。アデリナもこれから成長するだろうし、それに合わせたおしゃれをその都度考えていくんだ」
「ですが、私はそういったセンスがなくて。だからあのお茶会みたいになってしまったんです……」
あのお茶会のことを思い出して、アデリナは俯く。オリヴァーはため息を吐くと、ぽんぽんとアデリナの頭を叩いた。
「あの時は悪かった。そんなに気にしていると思わなかったんだ。だが、着るものを変えるだけで気持ちも変わっただろう?」
「……はい。今なら街を歩くのも嫌じゃないです。むしろ、自慢して歩きたいくらい。だから怖いんです。これは夢なんじゃないかって」
アデリナがそう言うと、オリヴァーは苦笑した。
「そんな大袈裟な」
それは聞き捨てならない。これまで子どもっぽいと馬鹿にされて、陰口だって叩かれてきたのだ。それが一瞬でも幸せな夢を見られたら、その夢から覚めたくないと誰だって思うだろう。
「大袈裟じゃないです。私にとっては人生が変わるくらいの変化なんです。だけど、これで終わりなんて思いたくない……!」
また元の子どもっぽくてダサい自分には戻りたくない。一度味わってしまった幸せを手放したくなかった。そんなアデリナの中で様々な考えが駆け巡っていた。
(体で覚えるっていうのは、きっと経験を積むということよね。それなら繰り返しコーディネートを考えないといけないでしょうし。だけど一人ではまた失敗しそうだし……そうだ!)
「オリヴァー様、お願いがあります。私をここで雇ってください!」
アデリナは深々と頭を下げる。
これがアデリナの出した結論だった。オリヴァーの仕事を間近で見させてもらいながら、コーディネートについて学ぶ。それに、オリヴァーもクラリッサも自立した大人だ。内面を磨くための手本にもなるだろう。
アデリナは職業婦人という選択肢があるにもかかわらず、それを除外していた。自分には無理だと諦めていたからだ。だが、実際に職業体験をすることで職業婦人の道も開けるかもしれないと思い始めた。
今のところ、アデリナに求婚するのは変態か老人ばかりだ。両親が断り続けているから、もしかしたら結婚は難しいかもしれない。そうなると、自立して家族に迷惑をかけずにやっていくことも考えないといけないだろう。
短い時間の間に、アデリナはそこまで考えていた。
だが、オリヴァーはそんなアデリナのお願いをスパッと切って捨てた。
「駄目だ」
「何故ですか? 働いたことのない私に仕事なんてできるわけないからですか? そんなのやってみないとわからないじゃないですか……!」
オリヴァーに駄目と言われたことで、アデリナの負けず嫌いに火がついた。何があっても食い下がろうとオリヴァーに詰め寄り、服を掴んで懇願する。
「お願いです。お給金はいりません。ですから私を雇ってください。オリヴァー様の傍でおしゃれを学びたいんです!」
「そういう問題じゃないだろう」
オリヴァーはアデリナの手を自分の服から引き剥がして握り、アデリナの顔を見据えて真剣な表情で諭す。
「君は男爵令嬢だ。それも、まだ社交界デビューも果たしていない未婚女性だ。つまり、君が何かしたくても責任はご両親にあるとわかっているのか? もし、君の軽はずみな行動で問題が起きたら、事は君だけの問題じゃない、家の問題にも発展するんだぞ」
「あ……そうでした」
そういうところまで気が回らないから子どもなのだ。自分の浅薄な考えに、アデリナの表情が歪む。すると、オリヴァーは苦笑した。
「だからな、ちゃんとご両親に話してからだ。俺も一緒に行って説明するから」
「え? どうしてオリヴァーさまが?」
「そりゃ、当たり前だろう。大切な娘をどこの馬の骨ともわからない男の傍に置いておきたい親はいないと思うぞ」
「ですが、オリヴァー様のことなら両親も知っていますよ?」
アデリナがそう言うと、オリヴァーの表情が消えた。
「……それなら余計に傍に置いておきたくないだろう。俺は社交界では悪い意味で知られているから」
確かに、アデリナもマーカスからその噂を聞いていた。オリヴァーという人と接していなければその噂を真に受けていただろう。だが──。
「……噂は、所詮噂です」
アデリナがポツリと言うと、オリヴァーは怪訝な顔になる。それに頓着することなく、アデリナは続けた。
「私は今こうしてオリヴァー様と会って、オリヴァー様が優しい方だとわかりました。噂なんてどこまでが本当なのか、その人にしかわからないんです。だったら私は真実が知りたい。オリヴァー様のことをちゃんと知った上で判断したいんです」
「アデリナ……」
「だから、傍にいてもいいですか……?」
アデリナが懇願するようにオリヴァーを見上げると、何故かオリヴァーが呆けている。そして、アデリナの後ろから咳払いが聞こえた。
「コホン。二人とも、私のことを忘れてない?」
アデリナが慌てて振り向くと、クラリッサが半眼で見ていた。オリヴァーとの話に集中していてすっかり忘れていたとは言えない雰囲気だ。
「ごめんなさい! 話に夢中になってしまって!」
「いえ、いいのよ。なんだか邪魔しにくい雰囲気ができちゃってたけどね。私、お邪魔だったかしら。オリヴァーはアデリナの家にお嬢さんをくださいと挨拶に行くって言い出すし、アデリナはオリヴァーを口説き始めるし。私に見せつけたいのかと思っちゃったわよ」
「えっ、違っ!」
「誤解するなよ!」
呆れ顔のクラリッサに必死で弁解するが、その後しばらくアデリナとオリヴァーはからかわれるのだった。
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