第10話 生活と書いて日常

 放課後にぼーっと外を見ていた。季節は冬、落葉樹の木々を眺めていてもつまらない。


 今日は昼休みにも剣術の稽古をしていた。全身を襲う倦怠感は眠気を誘う。


「お兄ちゃん、新体操の時間だよ」


 妹の静美が教室に入ってくる。そんな時間か……今日は休もう。


「コーチによろしく」

「もう、仕方ないな……」


 妹が帰ろうとした瞬間に優紀が入ってくる。


「貴女はわたし一人で練習しろと言うのですか?」


 ああそうだと返すと不機嫌そうに指を噛む。僕は、優紀をこのまま、独りにして大丈夫かと不安になる。


 ま、良かろう。


「体育館に行くだけだぞ」


 三人で体育館に向かうと二人は女子更衣室に入る。ジャージに着替えるか迷ったが見学には必要なかろう。


 しかし、この新体操部は本格的なのか、見学者は『見学』なるゼッケンをつけるのであった。女子に対しての女子アイドルも存在するので一目で部員と分かる為だ。


 コーチによると昔は『わーぁ』だったのが『キャーッ』変わって嘆いているとのこと。ファンの質は部員の質だとの考えからである。


 そう考えると妹の静美はトップ選手で、アイドルなのは間違いない。実に複雑な気分の中で練習を見守るのであった。



「お兄ちゃん、わたしのブラ知らない?」


 うん?デジャヴか?前にも同じことがあったぞ。


「椅子の上に無いのか?」

「ないのよ」


 うむ、デジャヴではないらしい。僕はスポーツブラしかしないので紛れ込むのは考えられない。


 「薄緑色の可愛いやつなのよ」


 母上に聞いてみようと妹に提案する。すると……。


「わたしの物に紛れていたわ」


 いつまでも若い母上らしい。


「歌論さん、男子を喜ばせるポイントは押さえておくのは大切よ」


 ふ~う。


 彼氏か……確かにカッコイイ男子の彼氏が欲しいのも事実である。物欲しいそうに妹のブラを眺めていたら。


「欲しいの?」


 妹の言葉に乱れる心は年頃の乙女であった。


「お兄ちゃん、イヤらしい」


 違う!僕も乙女心を持った女子である。大体、何故、『お兄ちゃん』なのだ?

男装していても心は女子である。


 ま、仕方あるまい。


 僕は妹のブラを貸して欲しいと素直に頼み、付けてみる。


 うぅぅ、ぶかぶかだ。


 妹に嫉妬しても意味がないが。やはり、悔しい。


 昼休みに中庭からハーモニカの音が聞こえる。死んだ妹の涼香はハーモニカが得意であった。


 静美が吹いているかと思えば違った。優紀が吹いているのであった。


 僕は心が痛んだ。


 死んだ妹の涼香は色んな花を与えてくれたのだ。失った悲しみは皆等しい。

優紀がこちらに気づき近づいてくる。


「妹の形見のハーモニカはどうです?」


 やはり、死んだ妹のハーモニカであったか。


「涼香はわたしに色んな事を教えてくれた。このハーモニカもその一つ」


 優紀の目からは殺気が放たれていた。まだ、僕が殺したと思っているらしい。


「このハーモニカでユーチューバーとしてソロデビューです」


 あん?ライバルが多すぎると思うが……。


「涼香の形見を装備したわたしの可能性は無限です」


 再び優紀はハーモニカを吹き始める。確かに上手い……。


「お兄ちゃん、ここにいた」


 妹の静美がやってくる。


「へー優紀は何でもできるのね」


 二人で感心していると。


 演奏を止めて「ユーチューブへのアップのしかたを教えて下さい」と言うのであった。


 素直でいいが僕たちは腕を組んで困り首を傾げる。ここは知らないと答えるのであった。


「ちっ、使えないな」

 

 再度、ハーモニカに命を吹き込む優紀は凛としていた。優紀は黙っていれば魅力的な女子であると納得しるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る