第5話 新体操の素質
学校から帰宅すると、ストーブがついていた。こんな季節であるのにと小首を傾げる。暑いので消そうとすると。
「お兄ちゃん、ダメ、水着ショーの時間だよ」
妹の静美が白いビキニ姿で現れる。うん、可愛いな。
しかし、何故、水着ショーなのであろう?
「わたし、アイドルのオーディションに応募したいの」
また、狭き道を考えるな。年頃の女子が一度は考えるものかもしれない。
それでも、妹は新体操で人目に出る事は慣れているらしい。
「新体操ではダメなのか?」
僕の素朴な質問に妹は考え込む。
「うーん、全国で結果を残すのは大変だよ。アイドルなら応募するだけだし」
かなり、間違えている。アイドルも厳しいレッスンが待っているはずである。僕は新体操とアイドルどちらがいいかと考えると新体操なら推薦入試が受けられるはずである。
「とにかく、大学に行く事です」
僕は普通過ぎる意見でアイドルの道を狭める。大卒のアイドルも沢山いると更に追い込む。
「なら、レオタードでアイドルの応募だけしていい?」
ま、仕方あるまい。妹は自室に戻るとレオタードに着替えてくる。
「お兄ちゃん、携帯でいいから応募用の写真撮って」
僕は渋々、妹の静美にレンズを向ける
しかし、可愛いな……。
妹は何枚か撮ると満足した様子である。これ……一次審査通るかもしれないと心配するのであった。
僕は体育館の隅にてジャージ姿で新体操の練習を見守る。地区大会が近いとの理由で全員参加であった。タンクトップにスパッツ姿でも恥ずかしくジャージを羽織っていた。成績が上位の選手は本番のレオタード姿である。
妹の静美も可憐に舞っている。
コーチもそれなりの人が雇われていて学校をあげての大会前であった。うん?補欠の数人の女子が近づいてくる。
「あなたは練習をしないの?」
「僕は籍を置いただけの幽霊部員だよ」
「そう?見た感じ、運動は得意そうだけど?」
それは簡単な答えであった。剣道の『斬木葉』流を心得ている。毎日の早朝稽古で鍛えているからである。
僕は幼い頃から両親の不仲から何かを埋めるつもりで近所の『斬木葉』流の道場で修行をしていた。
『斬木葉』流は競技剣道と違い武術である。敵を倒して意味のある剣術であった。
数人の女子達は僕に興味を示してフープを渡してきた。少し、剣術のつもりでフープを手にして舞ってみる。
「おー」
リボンでは失敗したがフープでは上手くいった。心の穴を埋める為に初めた『斬木葉』流が役立つとは思いがけない産物であった。
早速、コーチに推薦されるが僕はあえて失敗したリボンを手にする。絡まる姿を見せて幽霊部員を続ける為だ。
「確かに素人ね……」
でも、コーチは見抜いていた。何かを極めた動きであることを。
「川瀬さんでしたね、本気で新体操をしてみない?」
苦笑いをしながら断るのであった。
「地区大会が終わったら、基礎から教えてあげるわ」
れれれ、断り切れなかった。ま、遊びで覚えるのもいいか。
雨のち晴れの朝であった。中庭で剣術の稽古の日常である。大きな庭木からしずくが落ち、稽古で揺れる竹刀にしずくがつくと。僕は大振りしてしずくを払う。
「お兄ちゃん、楽しそうだね」
妹の静美が中庭にやってくる。僕は剣先を止めて汗を拭く。
「あれ?止めちゃうの?」
「見せ物ではないよ」
静美は僕の隣に置いた竹刀を手にして振り回すのであった。
速い……。
僕が新体操のセンスがあると言われたのと同じように妹には剣術の才能があるようだ。
ふ、教え込んで練習相手にするか……。一瞬、そんな思いがよぎるのであった。
おっと、『斬木葉』流は武術である、かたぎの人間に教えるのは問題だ。
妹から竹刀を返してもらうと再び稽古に励む。
うん?
家の奥から母上の声がする。朝食の準備が整ったようだ。僕は汗を拭き朝食の元に向かう。
並べられたご飯を食べるとシャワーを浴びる。汗が流れ落ちてボディーソープの香りに包まれる。
ブレザーにズボンを穿くと今日が始まる。気分良く家を出ようとした瞬間に親権を放棄して再婚した母親からメールが届く。
内容は遠回しに現状が知りたかったらしい。僕は三度宮家の良いところを送り元気でやっていると返す。いずれは同居したいと言うが現実的ではない。この遠い親戚の三度宮家の方が居心地はいいからだ。
「お兄ちゃん、朝から暗いよ」
妹の言葉に返事を返して憂鬱な便りを忘れる事にした。そう、これが今の日常である。
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