第43話
黄玉蟹王によって生み出された嵐が漸く消え去ると、ドライの大盾から嵐の影響がなくなったのを確認したツヴァイは、用心スキルを使って黄玉蟹王の姿を捉えた。
「いた。……ん?」
よく見ると、最初見た時よりも僅かに大きくなった黄玉蟹王の姿があった。しかも、何かを両方のハサミを使って器用に食べている。
そう、黄玉蟹王は失ったはずのハサミを使っているのだ。否、ハサミだけでなく、失っていた左側全ての脚が生え揃っている。
そればかりか、アインスの魔法である灼熱の杭が甲羅に幾つも穿たれていたはずなのに、傷1つ見当たらないのだ。ツヴァイによって砕かれた宝石柱も新たに生え揃っているのだ。
そして、黄玉蟹王が食しているモノは、巨大な蟹の抜け殻であった。
黄玉蟹王には超高速脱皮というスキルがあるのだが、おそらく嵐を発生させている間に脱皮を行ったようだ。
地球の生物である蟹などは、成長するために脱皮をする必要がある。しかしその脱皮という行為は、死の危険度が大きく上昇するものでもある。
脱皮を始めてしまうと外敵からの攻撃に対して無力になるし、脱皮途中で古い部分が脱げなくなったり、そのまま力尽きる場合さえもある。
上手く脱皮が出来た場合でも、脱皮直後は外骨格が非常に柔らかいために、この場合も外敵から攻撃されると死に至る可能性が高い。
しかしながら、モンスターである黄玉蟹王の場合は超高速脱皮スキルであるために、失敗するかどうかはともかく、脱皮する時間も短く外骨格が固くなるのも異常に早いようだ。
おまけにHPMPも完全に回復している。それに加えて、僅かだが全ステータスも微増していたりする。
「再生するのか……しかも完全回復するんだな」
ツヴァイの呟きは、アインスとドライの2人にも聞こえているし、2人も黄玉蟹王の状態をきちんと確認している。
「アレは一斉に火力を集中して仕留めないと、逆に強くなるようだ。何度も回復されては、勝ち目がなくなる可能性もある」
アインスは一斉攻撃を提案する。
回復する度にステータスが強化され体も大きくなるとなれば、厄介この上ない敵だからだ。
的としては大きくなるのだから、攻撃を当てやすくなるはずである。しかし、黄玉蟹王の場合は動きも機敏になるし防御力も上昇するのだ。
最悪、アインスたちの攻撃が全く効かなくなる恐れもあるのだから、アインスの提案は間違ってはいない。
「階層主が見せたあの動き。おそらく、縦横無尽ってスキルの効果だと思うの」
ドライはかなり端折ったが、蟹はその構造上、横へ動く方が得意なのだ。それ故にドライは注意喚起する。戦う相手への一方的な思い込みは、とても危険な事であるからだ。
「そうだな、気を付けるぞ。それと、嵐招きと超高速脱皮の流れがかなり厄介な点もだな。だが思うんだ。両方のハサミがなかったら嵐招きは発動しないのかもってな。確証はないが、奴が右のハサミを往復させた後に嵐が発生したのを俺は見た。だから、もしかしたら嵐招きを行うには、特定の動作を必要とするのかもしれないぞ」
ツヴァイは、両方のハサミを失くせば嵐招きを行えなくなるのではと、2人に対して述べる。
なお、現在のツヴァイは地上に立っており、黄玉蟹王の脚部から絶え間なく放たれている真空の刃による攻撃を浴びている。
だが、その攻撃は全て浮遊する大盾に阻まれているので、ツヴァイに実害はない。
3人で話し合った結果、まずはツヴァイの案を試してみる事になった。両方のハサミを失っても嵐招きが発動できる場合は、全ての大盾で黄玉蟹王を取り囲んでから、一斉攻撃を行うことになる。
「おおぉぉぉぉ、俺を見ろ! かかってこい!」
隠れていた大盾から姿を現したツヴァイは、黄玉蟹王へとスキルを発動した。それは、対象の興味を使用者のみへ強制的に固定させる効果を持つスキル、戦場のカリスマである。
大盾に守られたツヴァイへ攻撃をしながら自身の抜け殻を食べていた黄玉蟹王は、戦場のカリスマスキルを発動された途端に、半分ほど平らげていた抜け殻に興味を失くすとツヴァイへ向き直り、その巨体からは信じられないほど大きく跳躍した。
1度の跳躍で大きく距離を詰めた黄玉蟹王は、再度ツヴァイへ飛びかかりながら空中で無数の泡を吐き出してきた。
しかしその泡は、大盾から発せられた火炎放射で薙ぎ払われた。
ツヴァイは己に向かって落ちて来る黄玉蟹王の腹部目掛けて、手にした目一箇を下から上に向かって思いっ切り振り上げる。
対する黄玉蟹王も、両方のハサミをのばしてツヴァイを挟もうとする。
ハサミ攻撃はタイミングよく浮遊してきた大盾によって防がれるが、残る8本の脚を使ってツヴァイへ真空の刃を飛ばす黄玉蟹王。
ツヴァイは己へ迫る真空の刃を避けることなく、黄玉蟹王の腹部へと目一箇を叩きつけた。真空の刃は大盾により防がれ、黄玉蟹王は強かに腹部を打ち抜かれひっくり返る。
――爆ぜろ
――いっけぇー♪
その機会を見逃すはずもないアインスとイフリータの攻撃が、黄玉蟹王の両方のハサミを基部から吹き飛ばした。
両方のハサミを失ったことに気付いた黄玉蟹王は、残る脚を忙しなく動かして宝石柱で覆われた地面に潜ろうとする。
だが、その動きは徒労に終わる。
――その
ツヴァイの声に呼応したのか、ツヴァイの覇気を食らい続けた目一箇の側面に描かれた1つ目が開く。そこから炎が勢いよく噴き出すと、巨大な炎の塊となり、やがて人の形となった。
その場には、必死に潜ろうしている黄玉蟹王と、顕現した膨大な熱量を放ち燃え盛る1つ目の巨人だけがいた。
1つ目の炎の巨人は、両手を組んで振り上げた。すると、いつの間にかその両手には巨大な灼熱の鎚が握られていた。当然、その鎚が振り下ろされる対象は黄玉蟹王であった。
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