第37話

 8月30日。


 世界にモンスターが出現してから142日目。


 初めての夏祭りをかなり楽しく過ごした真祖エルフの3人は、再びバビロンタワーへとやって来た。


 38階層へと足を踏み入れたツヴァイの目に飛び込んできたのは、岩山が疎らに点在するだけの荒涼たる砂漠がどこまでも続くで光景であった。このような環境でも動植物は生息し、生と死の循環が繰り返されている。

 そしてこれまでの階層と同じく、ここにもモンスターは当然の如く存在しているのだ。


「あそこ! 美味そうな鳥が走ってるぞ」


 ツヴァイが指さす方向をみたアインスとドライは、その正体を確認してツヴァイに話しかけた。


「ツヴァイ、残念だがアレは美味くない」

「アインスの言う通りよ。臭みを抜いても抜いてもとっても臭くて……調理するだけ無駄だったの」

「むぅー。美味そうなのに……雫への土産には別の物を選ぶか」


 真祖エルフたちの見つめる先、それらは砂塵を朦朦と巻き上げながら、狩るか狩られるか、まさに命懸けの追い駆けっこをしている。

 追われているのは、体高3mくらいの翼の無いダチョウっぽい格好をした肉食恐竜の群れ。

 それらを捕食目的か遊びで追いかけ回しているのは、倍する大きさのモンスターである巨人、グレイトリザードマン。そのグレイトリザードマンに付き従うのは、グレイトリザードマンと比べてやや小振りのヒュージリザードマン5体だ。


 リザードマンらは簡素な胸当てと腰当てといった防具を身に纏い、剣や槍などの武器で武装している。その中でもグレイトリザードマンは、10m近い巨大で長い槍を片手で軽々と抱えながら必死に逃げる群れを追走している。

 所有者の体が大きい所為か、巨大で長い槍を持つ姿もあまり違和感がない。


 肉食恐竜の群れの後方を槍の攻撃範囲内に捉えたグレイトリザードマンは、攻撃態勢に入る直前で動きをピタリと止めた。追従していたヒュージリザードマン5体は、慌ててその場で急停止する。足場の悪さをものともせずに走り回っていただけあって、急停止しても滑ったり転ぶような間抜けな個体はいなかった。


 走り去る肉食恐竜の群れを一顧だにせず、グレイトリザードマンの視線がツヴァイたちへと向けられた。お供のヒュージリザードマンたちも同様である。


 開いた大きな口からは細長い舌が垂れており、鋭く尖った歯がいくつも並んでいるのが分かるし、粘度の高い唾液がダラダラと滴り落ちている。

 彼らは食い出のある野生動物よりも、膨大な魔力を有する真祖エルフを次なる狩りの標的に定めたようだ。


「あいつら、獲物を俺たちに変更したみたいだ。回収するのは魔石だけで良いか?」


 ツヴァイの問い掛けに対して、ドライが答える。


「身に付けている装備も彼ら自身の鱗状皮もフローレシアン族には役に立つから、あまり傷付けないように斃してね」

「分かった」


 ツヴァイは了承すると、此方へと疾走して来るリザードマンたちへ向かって駆け出していった。




 ツヴァイたちはここまでの道中、動植物や鉱物、モンスターの素材を色々と回収してきた。そして、漸く目的の場所の足元まで辿り着いた。

 巨大な岩壁が聳え立つこの上に、38階層の集落があるのだ。


 これまで疎らに点在してきた岩山と違い、白く巨大な一塊の岩山は、遠くからも容易に視認できるくらい目立つ存在であった。岩壁の高さは軽く2000mを超える。


 ツヴァイたちは絶壁と呼べるほどの岩壁を駆けのぼっていく。彼女たちは特別な魔法やスキルなどを使用している訳ではない。

 今やレベル80を超えた超超人の彼女たちにとって、90度未満の傾斜地など障害物にはなり得ないのだ。

 例え途中に反り返っている場所があろうとも、迂回などはせずに破壊して駆け上るだけである。


 崖の途中に大型鳥類の営巣地があった。彼方此方で、ツヴァイよりも大きな雛が巣の中でピーピーと鳴いている。

 そんな中で、ある1つの場所にだけ沢山の卵が集められていた。そこは巣とも呼べない固く冷たい岩の上である。


「あっ、大きな卵があんなに沢山あるぞ。なあドライ、あの卵2、3個採っても良いよな?」


 ドライへと確認を取るツヴァイ。これは卵を使った料理をして欲しいと願う、ツヴァイなりの意思確認である。


「私が選んであげるわ。あまり日が経っているものは味も落ちるし腐ってたりするから」

「そうか、よろしく頼む。でもなんで、この場所だけこんなに卵が転がってるんだ?」


 ツヴァイの疑問に答えたのは卵の選別をしているドライではなく、アインスだ。


「それらは命が宿らなかった器だ。だからその場に放置されている」

「あっ、無精卵と言うんだったな。わかったぞ、ありがとうアインス。親の愛情を受けられなかった訳じゃなくて安心したぞ。気兼ねなく食せるな」


 小八島がツヴァイの頭を撫でていると、選別を終え卵を採取してきたドライが戻ってきた。

 親と呼べるものがいない真祖エルフの3人と神亀は、ほんの少しだけ寂しさを感じた。だがそれも僅かな間で、集落を目指して再び移動を開始した。


 現在は家族になりたいと思う存在が、語り合える存在が、守りたい存在が、教え導きたい存在が沢山いるのだから。

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