第36話
唐突に齎された情報によって、室内は一瞬だけ静まり返ったものの、細波のようにざわざわとし始める。ある者たちは男性勇者たちをどうにか味方につけてエルフを確保する道を画策し、ある者たちは確実に厄介事が増えると予想し溜息を吐き、ある者たちは冷静に人物観察に徹していた。
報告した職員から情報端末を受け取った今井は、スクリーンに動画を映し出した。
そこに映し出されたのは、UKの勇者であるケイ・ベネットが自らを聖剣の勇者と呼称し、他の勇者と連携しエルフを解放するために日本へ渡ると宣言している姿であった。
ケイ・ベネットは180cm半ばのほど良い肉付きの体躯をしており、茶色の長髪に彫の深い顔は欧州人の特徴を強く感じさせる。アイスブルーの両眼には強い意志が感じられ、精悍さと幼さの相反する魅力を併せ持った男である。
次いで別の動画に切り替わり、メキシコの勇者であるオリバー・サンチェスが聖弓の勇者を自称し、ケイ・ベネットと同じ内容を宣言していた。
オリバー・サンチェスの髪型は、長いドレッドヘアーを頭頂部で1つに束ね捻じり合わせた
最後の動画には、トルコの勇者であるエレン・デミルが聖鎚の勇者を名乗り、ケイ・ベネットとオリバー・サンチェスの3人で協力してエルフの解放に尽力すると宣言していた。
エレン・デミルは前者2名と比べると小柄な体躯をしている。160cm前半と思しき身長であるが、涼し気な目は多くの者を惹きつけ虜にするくらい魅力を感じる。彼は口元を布で覆っているため分かり難いが、相当な美男子であることが伺える。
3人の勇者の映像が終わると、須田官房長官がはっきりと通る声で伊部総理へと尋ねた。
「伊部総理。我が国は現在、国内にいる外交関係者でさえ再入国を禁止しております。彼らに入国の許可をお与えになりますか?」
須田官房長官の言葉に対して、伊部総理は躊躇なく答えた。
「3国とも日本とは昔から関係がある国だが、彼らの来日は認めない。入国を図れば、犯罪者として逮捕し魔石採取の強制労働を。相手が抵抗し逮捕が困難な場合は、殺害も許可する。これは国防である、不法入国は断じて認めない。この事は、3国の大使にも連絡を頼む。きちんと彼の少年の関係者であるということを忘れずに」
伊部総理の発言に対し、須田官房長官は分かりましたと、短く了承した。伊部総理の真意を正しく解した故に。
しかし、歴史学者の1人が許可も得ずに伊部総理の発言に反対意見を述べる。
「それはなりません、総理。英国は別として、トルコとメキシコは古くから交流も恩もある国です。特にメキシコ合衆国は我が国との信頼の深さから永田町に大使館の設置を唯一許された国です。どうかご再考下さい」
学者の発言に首を傾げる者が少数いるが、伊部総理は考えを改める気は全くない。勇者とはいえ彼らは個人であり、国家の代表でもなんでもないのだ。
そもそも、新たな人種であるエルフもダンジョンから現れた者たちだ。ダンジョンの討伐が進むことにより、今後も新たな発見はあるに違いない。また、ダンジョンの進化だって再び起こる可能性もあるのだから、悩みの種は尽きる事は無いだろう。この様なことで騒ぎ立てていては、国政などままならない。
例えば、日本だけにしかダンジョンが存在しえなかったのであれば、諸外国は協力や支援、若しくは武力行使などで日本のダンジョンに群がって来たことだろう。しかしながら、ダンジョンは世界中に把握できないほど無数に存在している。それが現実であり事実である。
まともな政治家やアドバイザーがいれば、日本との関係を拗らせ悪化させるような愚策をとる国などない。
その様なことをするよりも、自国の新人族のレベルを上げてダンジョン探索や討伐をした方が遥かに建設的だし、利益になると容易に思い至るに違いないからだ。
だがしかし、真祖エルフたちの美貌は常日頃から冷静な者たちの判断を狂わせるほどであることが分かった伊部総理は、如月薫の関係者であると念を押して大使館に連絡させることにしたのだ。
如月薫の正確なレベルは不明であるが、世界最高であると信じて疑わない伊部三蔵。この考えは伊部に限らず、須田や今井、諸外国にも同様に考えている者が少なからずいる。
そういった者たちは、一時の好奇心や欲望に駆られて対処を誤れば、大きな厄災となり己に跳ね返ると理解できる。だからこそ、伊部総理は勇者たちの問題はこれで片付くと思っていた。
真祖エルフの件は、如月薫やその近親者に接触し情報を集めることに決まった。より詳細な情報を集めるという基本行動に徹して、後日改めて協議することに決まった。
なお、伊部総理と須田官房長官の間で、次回から数名メンバーの入れ替えが行われることが決定していた。
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