第35話

 8月30日。


 世界にモンスターが出現してから142日目。


 未明から情報収集に努めていたスタッフから報告を受けた内閣総理大臣補佐官である今井洋人は、整えられた資料を携え会議室へと入り準備を行っていた。今井自身も夜中に連絡を受けて可能な限りSNS上の情報を漁っていたので寝不足であるのだが、便利な疲労回復薬を既に服用したので体調に問題はない。しかし、心の方はそう言う分けにもいかないようだ。


「我々とは異なる新しい人類……真祖エルフ」


 今井は意図せず独り言ちていた。相手が如月薫と無縁であったのならば、今井もここまで心労を負うことはなかった。


 今井自身はエルフへ特に興味などなかった。しかし、彼女たちの美貌を目にした瞬間、強く心惹かれる存在へと変わっていた。


 情報が正しければ、彼女たちは従魔ではなく人として対応しなければならない存在である。だからこそ、問題が大きくなる前に政府としても早期に対処しなければならず、こうやって仕事をしている。


 もうすぐ始まる会議の結果は凡そ見当がついている。国民や世界がいくら騒ぎ立てようとも、国内の立て直しが何よりも優先される時期であるのだから、無難に対応するしかない。




  ◇◇◇ [寛ぎの温泉宿・山]の一室


 時刻は日の出まえ。あと数分で日が昇るといった具合だ。そんな早い時間にもかかわらず、会議室にはメンバーが集まった。


 内閣総理大臣の伊部三蔵と内閣官房長官の須田憲弘、新人族部隊ダンジョン攻略課バスターズ総長の高木義徳にA級探索者で勇者の佐倉綾とそのメンバー、その他にもダンジョンアドバイザーのライトノベル作家数名に霊長類研究者らが各分野の有識者に交じり席についている。


 須田官房長官から短い挨拶があり、今井はスクリーンに映し出された資料を説明していく。参加者の手元には映し出されているのと同様の資料が配られているので、手元の資料と見比べている者もいる。

 この中に初めて参加する者はおらず、参加者たちも雰囲気に慣れて来た所為か、今井の説明中に進行を止めるような質問などは起きなかった。


「以上が現在世界の注目を集め話題となっている、新たな人種と思われるエルフ3名に関する情報です」


 今井の説明が終わると、途端に室内がガヤガヤと騒がしくなる。伊部総理は目を閉じ黙考状態に入った様子で、須田官房長官は声を上げているメンバーを確認している。


 そんな中、最初に手を挙げて発言を求めた人物は某有名ラノベ作家であった。須田官房長官の許可を得た彼は、参加者一同を見てから語り出した。


「発言の許可を頂きありがとうございます。えー、件のエルフと見られる3名の人物は、補佐官の説明と手元にある資料から真祖エルフであると思われます。これは信憑性の高いものだと思われます。理由は、彼の少年の従魔であるタマニャンのチャンネルで当人たちから公表された情報である点と、私を含め物語やゲームなどでエルフを知る者たちにとってはイメージにピタリと嵌る特徴的な耳と容姿をしているからです。また、アインスとドライと名乗る2名が所有する従魔はハイエルフと発表されています。こちらは、エルフの特徴である耳が我々と変わらない点がイメージと異なりますが、その優れた容姿は顕在です。また、彼女たちは日本語を話していましたが、彼女たち固有の言語が存在するかという点も大いに気になります。あ、今のは完全に個人の意見で申し訳ありません。ただ、彼女たちをこのまま未成年の個人に任せておいて良いことはないと、強く思っております。我々ホモサピエンス以外の貴重な人種という点も鑑み、早急に国で保護すべき案件であると考えます」


 彼の意見に少なくない賛同の声が上がる。そこへ1人の研究者が手を挙げて発言の許可を得る。彼もまた保護すべきだと主張する1人で、興奮しているのか少し顔が上気している。


「世界が変わってから新人族に人型従魔や人型モンスターと、研究する対象には事欠きませんが、新たな人種というならば尚のこと、彼女たちを国で保護すべきでしょう。もしかしたら、彼女たちは未知の病原菌を持っている可能性もあれば、既存の地球産病原菌に弱い事も考えられます。我々人類と彼女たちに不幸が訪れる前に、あらゆる検査をして万全を期すべきではないでしょうか。それと彼女たちの同意を得た上での話となりますが、我々との生殖が可能であるかも興味深いです。仮に生殖が可能で、誕生した生命がどのような能力を受け継ぐのかと、想像するだけで楽しみでなりません。誕生した生命は、今後日本人とエルフが共存共栄していく上で、両種族の架け橋となる象徴になる事でしょう」


 彼の意見にも賛同の声が上がるが、どうやら後半こそが真意であるだろうと思う者が多いようで、前者の時よりも笑顔の者はいない。どうやら興奮しすぎて、言わなくても良いことまで喋ってしまった様である。当の本人はといえば、未だその失言に気付いていない有様だ。


 そんな中、2名が発言の許可を求めて手を挙げる。1名は高木義徳で、もう1人は佐倉綾である。須田官房長官はレディファーストすることはなく、手を挙げた順番で高木に発言の許可を出した。


「それでは発言させて頂きます。発言中、件の人物たちをエルフと呼ぶことにいたします。先ず、保護をと仰る方がいらっしゃいますが、エルフたちの状況を詳しく調べもせずに保護しろというのは、いささか性急だと思われます。エルフたちが何か困っていたり助けを求めている訳でもない限り、我々は軽々しく動くべきではないしょう。例え困りごとがあったとしても、保護する前に支援することで問題を解決出来る可能性もあります。国防の観点から申しますと、未登録で正体があやふやな者たちが国内にいるのは多少なりとも不安があります。また、戦闘に身を置く者としては、ハイブリッドの件についてはたいへん興味がありますが、女性軽視や人権軽視ともとれるため賛成いたしかねます。私は如月家の次男とはそれなりに面識もあるので、エルフたちの事情を知る手段として、少しは役に立てると思います。新しく情報を集め精査した上で、エルフたちが問題を抱えていなければ、藪をつついて蛇を出すことは避けるべきでしょうな。そもそも如月家の協力なくして、我々が今ここにこうして集うことが出来たか怪しい訳ですが、国として彼らが害になると判断された場合は、排除することに異を唱えることはありません。しかし、現時点で排除できる可能性は限りなく低いと具申いたします」


 一礼して席に着いた高木に疎らな拍手が起きた。支援に気が付いている者は当然いるが、どうしても保護という名目で新たな人種である真祖エルフを捉えておきたいと願う者たちは、賛同するわけにはいかなかった。自らの欲望と国家の利益を両立させるために。だから重箱の隅を突くが如く、高木の意見の粗を、さも間違いであるかのように大袈裟に指摘した。


 真祖エルフは見た目の美しさだけでなく、その利用価値は計り知れないために、目が眩んでいる者たちが多いことが証明された。その事を、伊部総理は静かに観察していた。


 発言を許可された佐倉綾は須田官房長官へ一礼してから意見を述べる。


「皆さんは如月薫くんのことを軽く見過ぎているようですね。彼とは1度しか会っていませんが、極力面倒事をきらい自堕落に暮らしたいと宣う大馬鹿……コホン、怠け者です。その彼がなんの備えもなく彼女たちの存在を世間に晒した、そんな風に考えているのならこの政権も長くありませんね。私は泥船に同乗する気はありませんので保護が実行されるようならば、政府とは無関係であることを宣言します。おそらく彼は、政府が天災扱いすると決定したことの確認も含めて、今回彼女たちを公開したのだと考えられます。政府側から仕掛ければ、彼は躊躇なく政府の敵となり殲滅するまでその手を緩める事は無いでしょう。その結果現政権が無くなろうとも、国民が生きている限り新たな政権は作れます。新たな政権が再び彼に敵対する愚を犯すとは考えられませんからね。私も彼の近親者と個人的な繋がりを持っているので、情報収集に関しては協力できるでしょう。そういう理由で、私は高木総長の意見が一番理に適っていると思います」


 佐倉綾が言葉を締めくくったとほぼ同時、会議室の扉が開かれ職員が慌てた様子で駆け込んできた。皆の視線が職員へと集まる。


「大変です。男性の勇者がエルフを解放するために一致団結したようで、日本へとやって来るそうです」


 ――!?


 職員の口から齎された情報はまさに寝耳に水であった。故に、会議室のメンバーたちは驚愕の表情を浮かべるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る