第121話

 春人たちがダンジョンに入ってから、すでに6時間が経過していた。そのダンジョンの前には、ダンジョン探索サポートセンター職員である乾と大塚の姿があった。


 彼らはずっとこの場に待機していたわけではない。担当箇所の巡回を熟しているだけである。春人たち以外にもダンジョン討伐目的で入っている者たちはそれなりにいるのだ。


 この辺り一帯のダンジョンは、ほぼレベル31を超えているものばかりである。これはダンジョン探索サポートセンターが全てのモンスターレベルをを調べた分けではなく、これまでに蓄積したデータで建物の大きさと構造で割り出したものだ。だからダンジョンコアの討伐が出来ずに戻ってくるパーティーも少なからずいる。


 成長したダンジョンに挑む探索者たちの多くは、ダンジョン内でHPMP回復薬を常用している。これはHPMP回復薬に疲労回復効果もあるため、休息を取らずにダンジョン活動ができるからだ。


 なぜそのような事をするのか?


 それは彼らが[安らぎのコテージ]系の魔道具を所持していないからだ。ダンジョン内でも売買システムから購入した[建物]を設置する事は可能であるが、迷宮化防止結界付きの物は効果を発揮しない為に意味をなさないし高額である。対して通常の建物は割安であるが、1度設置した物は移動できないので使い捨てにする他ない。しかも設置する場所は深層である。高レベルモンスターに破壊される恐れもあるため、安心して休息など出来ない。


 その様な無駄遣いをするくらいなら、不眠不休だろうとHPMP回復薬を使用した方が圧倒的にコストパフォーマンスが良い。ある意味ドラッグ漬けと言えなくもないが、成長したダンジョンから出た後は2~3日休養をとる者がほとんどなので、現在のところ問題になってはいない。



「レベル56かぁ……全身から滲み出すオーラっていうか綺羅綺羅した少年だったな」


 独りごちた乾の言葉に大塚は頷く。別に乾は大塚に話しかけたわけではなかったが、交代要員がやって来るまで話をすることにした。


「俺さ、あの少年の両親を見たことあるんだ。非番だったけどセレモニーを見てから総長に挨拶して帰るつもりだったんだよ」


 大塚は無言で続きを促す。


「その時にレベル60って叫ぶ総長の声が聞こえてな」


 勿体付ける乾に大塚は早く話せと顎をしゃくる。


「許可も得ずに部屋に入ったんだ。そしたら20代後半の見慣れぬ男女がいたんだよ。叱られた後に聞いたら、それが少年の両親だったわけよ」


 大塚もレベル60の新人族が存在する事、それが如月薫と如月春人の両親であることは情報として知っている。また、新人族はレベルが高い者ほど若干若く見える傾向になる事も知っている。だからレベル60もあるのならば、20代後半に見えるものなのだろうと納得した。

 しかし、乾は大塚の反応が薄いことに納得できなかった。


「何だよその反応は。20代後半だぞ! やべえだろうが! はぁ~、これからはナンパに気を付けないとババを引くこともあるんだからな」

「いや、見た目が良いなら俺は構わないし。未成年じゃなけりゃ何も問題ない」

「あっそ。ストライクゾーンが広いな。俺は20代~30代前半じゃないと無理。絶対無理」


 溜息を1つ吐いた大塚は乾に言葉を返す。


「そもそもレベル60に到達できる者が何人いるんだろうな? 俺には自分がレベル60になるビジョンが全く思い浮かばない。お前はどうなんだ」


 大塚の言葉を聞いた乾は考え込んでいたが、答えが出たようだ。


「俺は」


 乾が答えを告げようとした時に、ビルから春人たちが談笑しながら出て来た。明るい雰囲気から判断すると、目の前にあるビルのダンジョンは討伐されたようである。


 乾と大塚は内心とても驚いている。通常、この辺りのダンジョンを討伐するには早くても1日以上かかるものだ。それなのにこの若者たちは、たったの6時間で済ませてしまったのだ。高レベル者がいるだけでこんなにも早く討伐できるものかと思考している2人の耳に、さらに信じられない言葉が入ってくる。


「やっぱりレベル42もあると、かなり手強かったな。浸透覚えてなかったら無理だったな」

「ボスは防御力が冗談みたいにあったもんな。頑張って覚えた甲斐はあったな。あと、猛毒ってかなりやべーな」

「それな。耐性マジ重要だな」


 穣と誠の2人はアーツの浸透を覚えるために苦労したことを思い出しながらボス戦を振り返っていた。


「トシがビビりながらもボスの突進を止めたのが良かったぜ。あれで完全に流れを掴めたからよ」

「えへへ。薫くんから貰った新装備のお陰だ」

「いや貰ってないだろ、500万SP以上は払ったよな。しかも中古だし」

「まあトシだからな。突っ込むだけ無駄だぜジョウ」



 驚いてばかりもいられない2人は行動する事にした。大塚は急いでスマホを使って連絡を取りながらビルへと向かう。一方の乾は、春人たちに確認するべく話しかける。


「ダンジョン討伐は終わったのかい?」

「ああ、問題なく完了した。中を確認してくれ」

「分かった。確認する間ここで待っててほしい」


 ――ドンドンドドドン


 音の正体はビルを攻撃する大塚であった。ビルの壁がガラガラと崩れる様子からダンジョン化が解けたことを確認した乾は、春人から探索者カードを受け取ると、携帯端末装置に通して討伐完了の手続きを行った。それからステータス判別シートでそれぞれの魔石数を確認し、代表者である春人にチケットを渡した。このチケットはダンジョン探索サポートセンターで魔石の買取りに使用されるものである。


 春人たちに労いの言葉を掛けた乾は、大塚が行っているビルの破壊に加勢するため行動する。

 ダンジョン化が解けたものは即破壊。これも巡回班の仕事である。なお、廃棄物の処理をするのは回収班の仕事である。再利用できる資源は、今では貴重なものであるのだ。

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