第115話

「久しいね、春人君」

「おおっ、高木のおっさんじゃん。もしかして、ここで働いてんのか?」


 春人に声を掛けて来たのは、回復薬の買取りに来ていた内の1人、高木たかき 義徳よしのりであった。


 高木は34歳の独身男性である。32歳で陸上自衛隊三等陸佐へと昇進し、同期の中でも一目置かれるほど優秀な男であった。現在は、新人族部隊の中でも攻略組と称されるバスターズを束ねる役職に就いている。

 高木はデスクワークのみならず、実際にダンジョン攻略へも赴いており、現場を知る者として隊員たちから慕われる存在となっている。


 春人からおっさん呼ばわりされた高木自身は慣れもあって何とも思っていないのだが、高木を慕う部下は一瞬むっとした表情になった。


「うん、そうなるね。君も知っての通り、試験運用が始まったばかりで暫く状況が落ち着くまでは、こちらのトラブルに対処する仕事を任されているんだよ」

「ふーん、がんばれよ。それよりもレベル31とは、かなり努力してんな。アーツの方も相当鍛えてるしよ」

「武闘派を任された以上、自らの研鑽を怠るわけにはいかないからね。一応、部下はみんな遵法精神ありきだけど、能力を手にしてたがの緩む者が出ないとも限らないからね」

「んで、俺のファンってのが此処にいる理由は何だ? ここまで連れて来る芝居だったってことだよな。次は打ん殴るからもう同じことはすんなよ?」


 春人は、手に持った複数のベルトをこれ見よがしにぶらぶらさせる。それを見て、春人の言葉の意味を被害者たちは理解化した。

 自分たちのベルトが奪われ、ズボンが足元までに下げられている事に気が付いたからだ。春人がいつ行動したかも認知できなかったことで、ズボンを下げられ辱められた怒りよりも、隔絶した力の差を思い知ったことで怖れを抱いた。

 それぞれベルトを放り返された者たちは、すぐにベルトを締め直すと無言で春人に頭を下げた。


「その辺で勘弁してくれないか。彼らは私の指示に従って行動したに過ぎないのだからね。しかし、AIが君を見つけた時は本当に驚いたよ」

「意味わかんねー。俺に何か用があんのかよ?」

「あのまま君に一般登録されると騒ぎになるからね。こうやって別室で行う事になったんだよ。君のご両親のレベルが政府の予想を軽く超えていたからね。当然君のレベルも相当高いのだろう?」

「んな分けねえよ。俺が一番レベルが低いっつーの」


 春人の言葉を鵜呑みにする者は、その場に誰1人居なかった。親友である仲間たちでさえも、呆れた顔をしている。パーティーメンバーなので、全員が全員のレベルやステータスを知っているのだ。


「ハル、あの動きをした後で言っても無理があるぞ」

「ほんとそれな。カズの意見に賛成」

「ハルっちが動いたことも分からなかったんですけど~」

「目で追えない動きが出来るのはまだ理解できるけど、どうして風や音もしないのハル?」


 ブクマの疑問に全員がはっとした。棒切れを振っても音や風が起こるのだ。それよりも明らかに体積と質量のある人間が高速で活動しているのに、気流も乱さず音さえたてないなど、物理的に不可能なことである。


「あ~それか。ちょっと待てよ。ほら、答えはこの静寂のブレスレットだ。街中とかで移動する時に全力で動けるから便利なんだよ。移動の制限にストレスを感じてた母ちゃんが見つけてよ「全員身に着けるべき」の一言で購入した物だ。あん時は確か5000万だったから、今購入すると5億SPじゃねえか?」


 5000万SPもする物を個人で購入できるだけのSPを稼いでいた春人に、皆は絶句した。


 登録の話が進まず、流れで子供たちの話を聞いていた高木は衝撃を受けていた。何それ俺も欲しい! という気持ちはもちろんあるわけだが、新人族の移動に関する速度制限の可能性に気付かされたからだ。己自身も建物内や人の多い場所では、ゆっくり移動するように配慮して行動していたのに、問題に気が付かなったためである。

 これから確実に高レベル者が増えるに連れて、問題が顕在化する可能性はとても高い。高木は素早く問題点を纏めると、即座にメールを送信した。



「君たち、そろそろこちらの話をしても良いかな。全員この場所で登録するので、ステータス判別シートを使用してくれ。ああ、春人君は使用した物を持って来ていたりするのかな?」


 高木が目配せすると、部下たちがステータス判別シートを配り始めた。そんな中春人は、ステータス判別シートを持って来ている事を高木に伝える。


 高木は春人からステータス判別シートを受け取ると、内容を確認し始めた。

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