第95話

 元に戻ったバジリカ大聖堂内へと現れた薫は、設置されていた迷宮化防止結界を破壊して残骸を回収すると、新しい迷宮化防止結界を設置した。壁にある多数の落書きも消そうかと考えもしたが、止めた。綺麗な状態を保つかどうかは、管理する側の責任であり仕事だからだ。



 薫が突然現れたことで、ボリス大使たちは驚きの声を上げたものの、その心情は期待で満たされた。


 ここのモンスターは、異常に高い防御力と数の多さ故に、ダンジョン化してから日が浅いにもかかわらず、攻略が進んでいない。だが、70未満のモンスターならば引き受けると豪語したこの少年ならば、このダンジョンのモンスターなど敵ではないだろうと、ボリス大使たちは信じて疑わない。

 その根拠は、USの件をあっという間に片付けたからだ。US側の精鋭が手も足も出なかったダンジョンをあっさりと片付け、宣言通り戻ってきたのだから当然だ。時間の多くが移動に費やしたものなのだから、この少年の実力が世界トップクラスであることは、疑いようがない。


「如月薫殿、もしかしてダンジョン化を解除できたのでしょうか?」


 ボリス大使の期待の籠った瞳が、薫を真っ直ぐに見つめる。その問い掛けに対して、薫は壊れた迷宮化防止結界をボリス大使へ手渡しながら、ダンジョン化が解けたことと新しい迷宮化防止結界を同じ場所に設置したことを告げた。


「メルシー・ミル・フォア」「「「メルシー・ミル・フォア」」」


 ボリス大使の言葉に続けて、護衛たちも同様の言葉を薫に送る。それに対して、薫は仕事だからと素っ気なく返す。そして、報酬(現金だけ)を受け取ると、1人で帰ると告げて姿を消した。


 残されたボリス大使は、護衛の内2人へ迷宮化防止結界の確認を命じると、大統領に直に会って報告することにした。ダンジョンの攻略過程を聞く前に攻略者が姿を消したため、ダンジョン攻略成功の結果のみの報告となるが、如月薫の魔道具の中で観た情報の価値は、計り知れないものだ。しかも、勲章を手に再び如月薫の元を訪れる機会を得られたと、本人は喜んだ。



 薫は、リリスとタマの協力も得て、1人の少年を攫った。さらに、その仲間たち11人も同様に攫った。


「くっそ、チャイニーズが何の真似だ! 俺たちにどんな恨みがあるってんだよ」

「大いにある。お前らに犯されるという体験をしたんだからな。精神のみの追体験とはいえ、DTの僕にはとても酷いものだった」

「俺たちゃノーマルなんだ。このイカレ野郎が、頭のネジどころか脳みその交換が必要そうだな」

「……置き去りの刑に決めた。お前らには僕が直接手を下す価値もない」


 薫は、全員をパリダンジョンの100階層へ置き去りにした。彼らの中には新人族になっていた者も少数ながらいたが、生き残ることは絶望的な状況であった。

 オペラ座の屋根で5分ほど寝そべっていた薫は、全てのマーカーが消失したことを確認すると、隠密烏に乗り込み自宅を目指した。隠密烏内でカミーユへマナコインを与えて、強化を施した薫であった。




 皇居に到着した今井は、謁見中の天皇陛下と伊部総理たちの場所まで通されることになった。その理由は、国宝級の贈り物を直に陛下か総理に届けると言って、宮内庁職員に頑として譲らなかったためである。

 否、陛下直系の皇女様が通りかかり、便宜を図って下さったからである。皇女様も、国宝級の贈り物とやらに大変興味を引かれた故であった。


 皇女様とはいえ、ダンジョンとモンスターの出現により、学校へも通えなくなりストレスの溜まる生活を送ることになった、多感なお年頃なのだ。巷では、新人族という新たな人類が誕生しており、モンスターを斃しダンジョンを討伐しているという話を聞きはしても、ゲームや夢物語といった感覚なのだ。迷宮化防止結界と呼ばれるものが設置されて、皇居の安全は確保されている事を知ってはいるが、今一実感がわかないのだ。そんなところに、面白そうな話を耳にしたのだから、皇女様を責めるのは酷というものだ。


 今井は、天皇皇后両陛下と伊部総理と須田官房長官が謁見している間に通された。当然の如く、皇女様も同席されることになった。

 どうやら、如月薫への朝敵宣言は無事に取り消される許可がすでに下りていて、新人族となった総理と官房長官の話を、両陛下がお聞きになられていたらしい。そこへ今井が、国宝級の贈り物を持ってきたことと、皇女様の口添えもあって、許可が下りたのだという。


 今井は、そこまで宮中儀礼に詳しくはないが、職員の助言もあり無礼にならないように、両陛下の前で直に贈り物を献上する許しを得た。送り主が件の如月薫少年であること、あちらへの説得と誤解を正し、天皇家へのお詫びのしるしに献上品を預かって来た旨を説明した。

 今井は空間収納から[寛ぎの温泉宿・小島]を取り出すと、両陛下の前に両手で捧げて魔道具の説明を始めた。説明を聞き終えた天皇陛下は、今井に言葉をかけて直接魔道具を手にされた。


 天皇陛下が魔道具の持ち主に設定され、両陛下と皇女様、総理と官房長官と今井補佐官、さらに侍従長と2名の侍従が[寛ぎの温泉宿・小島]へと入ることを許された。


 小島は広かった。海も山もあるのだから、当然である。天皇陛下は、御簾があることを非常に喜ばれていた。さらに、出てくる料理が料理長の作るものと甲乙つけ難いほどのものであることに、いたく感じ入っておられた。侍従長や侍従も国宝に相応しいと得心されていた。

 中でも1番興奮されていたのは、皇女様だった。何しろミニチュア模型の中に、想像もつかないほどの広大な土地と立派な建物があり、登録された人物以外は入れないし害虫害獣もいないという、セキュリティも万全で食べ物にも困らない異世界が存在しているのだから。1部屋を自分専用として陛下に強引に認めさせた皇女様は、両陛下と共に浜辺で潮干狩りを楽しまれた。これまでのストレスが発散できたのか、とても晴れやかな表情であった。


 魔道具から出る前、天皇陛下は新人族へなる事を決断された。その理由は、やはりマナ中毒の情報を聞かされたことが大きく影響していたが、ダンジョンやモンスターを知らずに語ることは出来ないと、判断為された故である。


 未だ国民の多くがダンジョン災害で苦しんでいるため、各地を慰問することを考えておられた両陛下。しかし、宿泊するにも現地に負担を強いる事になり本末転倒になりはしないかと危惧していた矢先に、望外の物が手に入ったのだ。


 マナ中毒の危険を国民に知ってもらうためにも、両陛下が新人族に成り新人族化を促すことで、無用な犠牲を出さずに済むよう、SNSなどを通じてお言葉を掛けられる事になった。

 その為、急遽両陛下の新人族育成プログラムを、日本政府は図ることになった。皇女様は動画で無双した如月春人に興味を持たれたが、政府の新人族部隊が侍従らも含めてご指導させていただくことになった。

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