第90話

 内閣総理大臣補佐官の今井洋人とその部下数名は、再び如月家を訪れていた。彼らが通されたのは、[開拓村]から進化した[開拓都市]であった。

 森や畑の広がる反対側には、荒涼たる大地がどこまでも果てしなく続いているように見える。さらに、自分たちのいる中心部には東京よりも立派な摩天楼群が聳え立っているのだから、理由が分からない。

 説明を求めようとする今井たちにその暇を与えず、薫はある建物の最上階へと転移した。


 そこには、マイク・アンドリュー・ミラー駐日米大使とボリス・モンテブラン駐日仏大使がいた。その2人の傍には、護衛らしき者が2~3人付いている。

 須田官房長官は杞憂であれば良いと仰っていたが、如月薫の引き抜き工作はもう行われているようだ。今井は対処するべく考えを巡らせつつも、2人の大使と挨拶を交わした。


「来た順番に話を聞きます。対応するかどうかは、内容と報酬次第。最初はどっちなのかな?」


 薫の言葉に反応し、言葉を発したのはマイク大使であった。


「ならば私からだ。よろしいなMr.ボリス」

「僅差とはいえ事実は受け止めよう。お先にどうぞ」


 印象が悪くなるのを避けるため、薫の目の前で醜い争いを避けたボリス仏大使であった。そうでなければ、根回しや事前協議もなく、外交において他者に譲ることなど有り得ない。もしもそんな輩が居たとしたら、資質が著しく欠如しているか、相手国に寝返った売国奴であろう。


「今更隠すようなことでもないのだが、これから聞いた内容を言いふらかすような真似は、厳に慎んで欲しい」


 マイク大使は、そう前置きして語り始めた。まず薫を勧誘し、いつでも国民としてUSへ受け入れると話をした。

 次に、ロストしていた原子力空母の1隻を発見し調査した結果、ダンジョン化し成長していたのを確認した。USの精鋭新人族で構成された5チームで奪還作戦を試みたのだが、あえなく失敗したのだという。機密情報の詰まった原子力空母を彷徨わせているわけにもいかず、早期に奪還すべく如月薫に依頼することを大統領も承認した結果が、マイク大使が如月家を訪れた理由だ。空母の護衛たる巡洋艦や駆逐艦がダンジョン化しなかったのは、USにとってはかなりの僥倖であったようだ。

 薫が受け取る成功報酬は、2億US$である。



「日本人をやめる予定は今のところないよ。ダンジョンコア討伐は受けても良いけど、モンスターレベルが70以上だった場合は無理だから。それでも良いのかな? それと、もしかしてそこの負け犬を僕が面倒みる事になったりは、しないよね?」


 薫の発言に、今井たちは内心ほっとした。今のところという部分を、多少不安に思いはしたが。


 マイク大使は、残念そうなオーバーアクションをしたが、依頼を受けてくれるなら問題ないようだ。


「確認できているモンスターの最高レベルは33だ。それ以上は不明だが、その条件で問題ない。それと、彼らは実際にダンジョンに入った経験があるから、案内役に丁度良いだろ」

「必要ないよ。どうしても同行させたいなら、自分たちでやってね。話は終わり」


 薫が同行者は要らないことを告げると、マイク大使の後ろにいた1人が勢いよく薫に迫り言葉を放つ。


「我々の経験は有益でカオルの役に立つ。だから」

「控え給え、シルバーライニング」


 マイク大使に名前を呼ばれた若者は、僅かに逡巡したものの言葉に従い、元の位置に戻った。シルバーライニングとは、若者のコードネームである。

 薫にもそれが分かった様で、ハリウッド映画のアクションものには多いが、現実でも使用するんだなと感心している。


「キサラギボーイ、ダンジョンコア討伐後にダンジョン化しないように、彼らには迷宮化防止結界を施して貰うという役割もあるのだ」

「じゃあ、デッキかダンジョン入り口で待機してて。それが嫌なら」

「分かった、それで問題ない。キサラギボーイのやり易い様にしてくれて構わない。出来ればこの後すぐにでも対処して欲しい」

「あと2組の話を聞いたらね」


 マイク大使は、満面の笑みで薫の手を取り握手を交わした。


 USも【乗り物】の価値には当然気付いており、大容量積載できる機体や高速移動できる機体はチェックしていて、価格が高価なものほど優れた機体である点に着目し、価格が中の中にある隠密烏のチェックはしていなかった。【乗り物】で唯一、戦闘機能を持った隠密烏を。

 だからこそ、薫に依頼をしてまで原子力空母を奪還したいUSであった。

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