第89話
5月8日
世界にモンスターが出現し始めてから29日目。
薫がSNSで動物の保護を宣言してから受け入れ期限を過ぎたが、1件も保護の依頼は来なかった。最大のネックとなったのが、公立による運営が大部分を占める日本の動物園事情である。指定管理者制度を使っている場合でも、最終決定権を持つのが自治体であるため、ダンジョン災害でその権限を有する者が不明な現状では、臨機応変に対処できない日本の縦割りシステムと、ルール順守の頭でっかちな集団において、当然の結果と言えた。
また、企業の経営する動物園も小さなプライドを理由に、高校生であり個人である薫へ依頼することはなかった。
薫は再度SNSに投稿した。
”動物園の動物が栄養不足で病気になったり餓死や衰弱死した場合、動物園関係者を同様の末路にする”
この投稿に関して、宮内庁がすぐに異例の発表を行った。如月薫は皇室の敵だと、名指しで宣言したのだ。その理由は、皇族が動物園の運営組織に名を連ねているからだ(動物園に限った話ではなく、巨額が動く大組織には必ず皇族がいる)。
世間では、如月薫は殺人に対して忌避感がとても薄い狂人として認識されている。だが、新人族にとっては、多くの情報を開示した先駆者であり、一目置かれる存在となっている。
宮内庁は、如月薫という存在に対して前者の認識が強く、如月薫が皇族に対し殺人を宣言したと受け取り、皇室の敵と認識したのである。
SNSには、当初から皇室に批判的な書き込みや悪質な表現を用いた書き込みもあったが、如月薫の場合は、実際に何人も人を殺めているため、この様な対応となったのである。
それに対して薫本人は、だからどうしたである。敵対するなら勝手にしろというスタンスだ。そこに、貴賤の有無はない薫である。餌不足が原因で動物が死んだり、真っ赤になれば処分することに変わりない。動物を無理矢理狭い場所に閉じ込め自由を奪い見世物にしておきながら、餌の確保が覚束なくなれば簡単に切り捨てる。ならば、力を持つ薫が己が能力を使って対象者を処分するもの、当然の帰結であると言える。
人の世はどんなに言い繕っても、力が正義となるのだ。例えば、民衆に悪政を敷く独裁政権を打ち破るのも、他勢力の助力や民衆の数による結束という名の暴力である。国連などという組織も、常任理事国という5つの強大な権限の前には、無力という事を知らない者は、あまりいないだろう。
正しさも、その時代の法と倫理と個人の知識や思考力により変わるので、不変の正義というものは、人の歴史において存在しないのだ。
SNSでは、皇室に弓引く新人族を許すなとの勢いが増し、命を軽んじる動物園を許してはならないといった「リメンバー花子」勢力で炎上している。
薫個人から新人族へのバッシングに切り替わっているのも、旧人類国民の間に、政府への不満や新人族へ対する嫉妬が蓄積している証であった。
この事を知った伊部総理や須田官房長官は、一体どうしてこうなったのかを、緊急会議で話し合った。
先ず、事の発端として、如月薫が最初にSNSへ書き込んだ内容を分析し、最新の書き込みと照らし合わせた結果、最大の原因は、お互いの認識不足にある点に気が付いた。
如月薫は、動物を保護すると書いていたが、何処へどうやって保護するのかを、全く示していなかった。
伊部総理や今井補佐官のように、実際に[寛ぎの温泉宿]を利用した経験がある者には、すぐに魔道具のことであると思い至ったのだが、須田官房長をはじめ薫の魔道具を利用していない者には、聞きかじった知識はあっても直ぐには思い至ることなど出来なかった。それで、認識のずれがあることが分かったのだ。
この問題は、如月薫が魔道具を使って保護することと、魔道具の存在と性能を示していない点。さらに、動物園の動物移動に関する如月薫の知識不足。ダンジョン災害で多くの自治体の長が安否不明(ほぼ死亡扱い)なことで、権限の移行が正しく出来ていない点。如月薫には有言実行できるだけの力があることと、それを知らない者たち。
これらが積み重なったために、起こった問題であるとの結論を出した。
例え政府の新人族部隊全てを投入しても、現段階では如月薫に敗北する確率が濃厚である。ようやくレベル20代前半のモンスターを斃せる班が出来上がったばかりで、レベル36のモンスターを相手にできる状況にはない。如月薫はそのモンスターを斃せる存在であるのだから、如何に無謀なことか理解できる。
さらに厄介なのは、如月薫が瞬間移動を使える点にある。正面からぶつかっても勝てるか分からない相手なのに、ゲリラ戦法を用いられたりすれば、敗北は必至で国内は混沌と化すだろう。
過日、東京以外の6都市へ3兆6千億円を投じて、貧民タワーDXを600棟と食品工場DX6棟、管理庁舎として平民タワーDXを6棟と多目的用途に使用できる改装タワーを6棟設置し、ようやく復興の足掛かりが出来たばかりであるのに、いま国内で負け戦をするわけにはいかない。
会議に参加した者たちは、原因は解明できたので、次は如月薫との争いを回避することを議論し合った。その中で緊急に行うべきは、宮内庁の如月薫への敵対宣言を取り下げてもらう事であった。
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