閑話その9

 ダンジョン攻略に不似合いな人物が数名、ダンジョン内で活動していた。誰あろう、伊部総理と須田官房長官と今井補佐官である。

 伊部総理と須田官房長官はやる気に満ち溢れていて、今井補佐官は強制的に参加させられている。

 現在は極端にマンパワー不足なので、今井はもう少し情勢が安定してから新人族になろうと考えていたのだが、伊部総理と須田官房長官に危機感が足りないし、新人族を知る上でも自らが新人族に成るのが一番だと説得された結果、ここに至る。


 伊部総理も須田官房長官も、ダンジョンやモンスターに対するPTSDになってはいないため、最弱のダンジョン内のモンスターを積極的に倒していく。なお、レベル1の時に、随行した隊員が止めるのを聞かずに、差しでコボルトに挑みかかり、右前腕の肉をごっそりと噛み千切られた須田官房長官は、1つ目のダンジョンコア討伐までは大人しくしていた。


 須田は、モンスターが如何に危険な存在であるかを、再度身を持って味わった。モンスターの脅威を実体験した事は、須田にとって今後も政治にかかわる上で、絶対に必要な事であったのだ。

 如月薫へ対して安直に救助して来いと怒鳴って以来、ずっと心のしこりになっていたモノ。対峙して実感する、本物のモンスターの恐ろしさ。

 実際に攻略することでダンジョンの怖さ、成長したダンジョンの攻略が如何に難しく面倒かを知った須田たちは、最弱のダンジョンを討伐してレベル20になる事を選択した。



 伊部総理と須田官房長官の2人が新人族に成ったのは、マナ中毒を恐れてのことではあったが、レベルアップに伴い体調がよくなり、希少な能力者にも成れたため、結果的には大満足であった。


 伊部の新人族としての職業は、王の器というものだ。これは、新生琉球王国を名乗る金城雄輔と同じものだ。その能力は、職業ランクが上がるほどに自分のテリトリーが広がり、そのテリトリー内にいる自身に正の感情を持つ者へ恩恵を与えるというものだ。他にも、テリトリー内に発生する自然災害を減少させる効果などがある。

 須田の新人族としての職業は番頭で、今井の新人族としての職業は女房役というものだった。2人とも、誰かを支えることで力を発揮する職業であった。



「須田君、我々は強くなったのかな?」

「世間一般には、強くなった方でしょうな。しかし、あの少年の影さえ踏める気がしませんな」

「確かに、君の言う通りだ。そう思うと、あの少年に依頼を受けさせた今井君には感謝しかない」

「ええ。とても幸運なことだったと、今ならば理解できます。救出に来たのがあの少年だったから、我々はこうして会話もできている。未曽有の大災害で落命した同士や国民の為にも、必ずや日本を復興し発展させましょう」

「いえ、私も運が良かっただけです。彼の気が変わって消されはしないかと、内心びくびくしてました。私も微力ながらお役に立てるように精進します」

「うむ、これからも力を貸して欲しい。――しかし、自分自身の力に酔いそうで恐ろしくなることもある。権力という仮初の力とは違う、己の能力ちからに」

「伊部総理もですか? 私も、この様な衝動を覚えるとは思いも寄りませんでした」

「総理だけでなく今井君もかね。実は私もなんだよ。我々大人はもう成長期が終わって安定しているから、この程度で済んでいるのかも知れない。我々とは違って、あの少年はちょうど第二次性徴ど真ん中だろうし、寧ろ安定している方なのかもしれない」

「須田君、勇者や魔王も同じ年頃だろ? 彼女たちの方は、特に問題を起こしていないと思うが?」

「総理、勇者たちはレベルが低かったせいではないでしょうか? あの少年は明らかに突出していたと思うので、比較にならないかと。確か、あの時点でレベル36のモンスターを倒していたのだろう、今井君」

「はい、そう言っていました。実際に魔石も見せてもらいましたが、当時は鑑定できる者がいなかったので断言はできませんが、彼は今まで一度も嘘はついていませんから、おそらく本当の事だと思われます」

「……嘘か。【建物】の件を早く教えてくれていれば、もっと良かったんだが」

「すみません伊部総理。私の情報収集が足りませんでした」

「いや、すまん今井君。責めてるわけではない。つまらん愚痴になってしまった」

「そうだぞ今井君。我々も新人族に関する情報収集を怠っていた。君があの少年の元を訪ねていなければ、現在の東京はもっと酷くなっていただろう。何よりマナ中毒など、彼以外の誰も注目していなかったようだしな」


 マナ中毒は、生きている間はマナ中毒と表示されるが、対象が死亡していた場合は、死亡としか表示されない為、突然死したYouTuberたちと行動を共にしていた新人族には、マナ中毒による死亡だとは分からなかったのである。

 常時相手を鑑定していなければならないような人物と、一緒にダンジョンに入るなんて面倒事をしたがる者はそうそういないだろう。彼らはお互いに不幸な事故にあってしまったのだ。


「あれは棚ぼたでした。私の手柄では」

「今井君が行動した結果、知り得た情報だ。自分を貶めるような言葉を吐くものじゃない」

「伊部総理。以後気を付けます」

「しかし興味深いな、この売買システム。【建物】や【乗り物】は実用的だ。我々の科学力を遙かに超えて便利な代物だ。あの少年が言っていた通り、[安らぎのコテージ]はとんでもない価格だな。[寛ぎの温泉宿]はリストにないから、その価値は天井知らずだと言える。対して【傭兵】は微妙な感じを受ける」

「総理も今井君も羨ましい体験をしてますな。[寛ぎの温泉宿]とやらに泊まりたいものです」


 そこで、スマホのアラームが鳴る。


「さて、休憩は仕舞いとしよう。次のダンジョンコア討伐を始めようか」

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