閑話その7
当初、新人族の部隊作りは割とスムーズに進むものと思われていた。しかし、新人族希望者を募ってみれば、30・40代を中心としたベテラン世代よりも、20代前半の雛から若鳥といった者が大半を占めた。
さらに、ダンジョン化した時にダンジョン内でモンスターを実際に見たり、逃げたりした者の多くが、新人族に成ったとしてもモンスターとの戦闘を望まないと返答した。実体験した者にとって、ダンジョンやモンスターへのトラウマは大きいようである。
新人族部隊は、将来的に特殊能力者鎮圧部隊(特殊警察)と治安維持部隊(警察)の2つに分けられる予定であるので、レベルアップ業務を除いて治安維持部隊員は一般人への対応が中心となる。
今回は初の試みという事もあり、モンスターと戦うことに消極的な者は省かれた。何せ、新人族となり職業に就いてみるまで、戦闘向きの職業かどうか分からない為である。
SNSから集めた情報では、やはり最初から戦闘向きの職業の方が、必要なスキルへスキルポイントを割り振れるので、成長し易い傾向にあることが分かったからである。
現在は、新人族に成り立ての者ばかりなので、レベル20までは同じ工程を経る事になるが、それぞれの持つスキル次第で、今後どちらかに割り振られることになる。
先日、今井が如月薫の元から持ち帰ってきた情報は、伊部総理や須田官房長官に衝撃を齎した。特に、成長したダンジョン内において、新人族ではない人類はマナ中毒になり突然死するという情報に、強い危機感を抱いたのだ。
発生から168時間で変化するダンジョン。多くの者の意見では、今後もダンジョンは変化する可能性が高いとなっている。
マナというものが未だ測定できない状態なので、成長したダンジョンには新人族以外の立ち入りを禁じるといった対処しかできない。
だがもし、そのマナとやらがさらに成長したダンジョンから漏れ出てくる事態となれば。それが人口密集地だった場合は、恐ろしい被害が出る事になるだろう。
特に東京には、超巨大超深度のダンジョンが出来ているのだ。自分たちの知らぬ間にマナ濃度が高くなった場合は、突然死してしまう可能性も否定できない。その恐怖は、伊部総理や須田官房長官らが、新人族へとなる決意を後押しした。
◇◇◇某戸建てダンジョン
4人の少女が、ダンジョン化した建物内をモンスターを斃しながら進んでいる。
タンクトップとホットパンツにへそ出し姿という、夏を先取りしすぎた格好の4人は、1階の探索を終了させた。
残念ながら、彼女たちの目標物であるダンジョンコアの発見には至らなかった。その結果、次は地下室を探索することが決定した。
現在のダンジョン攻略手順は1F、B1、2Fと決まっているのだ。未だレベル20に至ってはいないが、初心者ダンジョンを卒業してその上を狩場として活動しているのだ。理由は、すでにマナコインを上限まで使い切ったことに加えて、レベルを30まで上げるという目標があるからだ。
「あ~あ、1階に浮いてれば楽できたのに~。ダンジョンコアのばか~」
ダンジョン内だと言うのに大声を出しているのは、一時的に安全を確保できたからである。
成長していないダンジョンのモンスターは、2つのタイプに分けられる。1つは徘徊型で、あらゆるフロアを動き回っているモノ。もう1つは、一定のテリトリーから動かないモノ。但しどちらにも共通している事は、ひとたび人間を発見すれば息の根を止めるまで執拗に追いかけてくるということだ。
「愚痴ってないで次いくよ」
「はーい」
「地図スキル大活躍」
「ぶふっ。酔って目を回してたの誰だっけ?」
「! また言った。もう回復してあげないんだから」
「え~、あれは最初は酔うし。あたしらは普通なんだから気にしない」
「育成動画でもみ~んな酔ってもんね。普通だよ」
「どうせ普通じゃないもん」
「リーダーでしょ。先頭お願いね」
地下室へと降りた4人は、3つの扉を確認した。用心スキルによると、そのどれにもモンスターが潜んでいる。
「外れっぽいね」
「そうね。1部屋に1体しかいないから外れでしょう」
「じゃあ、2Fだね」
4人は地下室での無用な戦闘を避け、2Fを目指した。
「ゆ~っくり開けるからね」
「音がしない魔法をかけたから、大丈夫だよ。それよりも、超強力粘着床を踏まないように気を付けてね」
「色もついているし、階段を降りてすぐだから問題なし。それじゃ開けるね」
「おっけー」
扉を開けて覗き見ると、部屋の中には何度も見たことのあるダンジョンコアが確かにあった。そして、予想通り中にいたモンスターが襲い掛かってきた。
2人はコア発見と大声を上げながら、出っ歯が特徴的なモンスターであるヘビーラットマン3体に追われるようにして、階下へと駆けて行った。その2人の行動目的は、ダンジョンコア前に陣取っていたモンスターを、ダンジョンコアから引き剥がすことであった。彼女らは、十分に役目を果たしたといえる。
「よしっ! 急いで討伐するよ」
「おー」
近くの部屋に隠れていた別の2人は、急いで部屋から出ると、開きっぱなしのドアからダンジョンコアがあると思われる室内へと即座に移動した。
部屋の中には、宙に浮かぶダンジョンコアのみがあった。
囮役の安全のためにも、目の前のダンジョンコアをさっさと討伐しなければならない。
パーティーリーダーの
しかし、昨日から一緒に行動している
――カツーン、コロコロ
――ゴトッ
床板に2種類の音が鳴る。ダンジョンコアから、マナコイン(小+)と迷宮核の宝箱(小+)がドロップされ、床へ落ちたからだ。
心愛はあひる口で不満を表現しているが、口に出しては言わない。ダンジョンコアを早く倒すことは、今回の作戦計画であったからだ。
「あっはは、ごめんごめん。次は譲るから」
「譲るとか譲らないとか、関係ないもん。早く倒せれば文句なんてないもん」
寛子はマナコインを拾いながら、心愛へ謝罪した。心愛は寛子に謝られたことで、己の器の小ささを自覚しながらも、笑顔を作り答えを返した。
そこへ、2人の女の子がやって来た。
先ほど囮役をこなした、
心愛と愛梨、寛子とゆりは、2人1組でダンジョンで活動していたのだが、ある掲示板で知り合い、昨日からパーティーとして活動を始めた。
寛子らは、掲示板でのやり取りから心愛たちのことを男だと思っていたが、実際に会ってみれば同性であったために、安心半分落胆半分であった。
その理由は、一緒に活動する仲間とはいえ男に襲われるかも知れない不安が消えた事と、心愛たちの見た目が強そうに見えなかったことによる。
心愛と寛子は戦闘向きの職業で、愛梨とゆりは戦闘向きの職業ではないため、囮役と討伐役に分かれてダンジョン討伐数を稼いでいる。これは、愛梨とゆり、2人の戦闘系スキルを育てる為のスキルポイント稼ぎと、レベルアップによるステータス向上で安全度を上げる事を重視したからだ。
心愛の職業は、闘気士である。闘気を使用した攻撃は、通常攻撃よりも数倍威力が増し、防御にも転用でき攻守に優れている。遠近両用熟せるオールラウンダーである。
寛子の職業は、刀剣士である。刀剣という縛りがあるものの、その攻撃力はとても高い。今のところは近接アタッカーである。
愛梨の職業は、回復士である。現在は、攻撃魔法を強化中である。
ゆりの職業は、サポ専である。他者をサポートすることに特化したスキル構成であり、スキルとランクが上がれば、将来恐ろしいバフやデバフ使いになるだろう。
ダンジョンから一般家屋へと戻った家から出た4人は、
この4人、ダンジョン災害孤児であるため、新人族に成れていなかったら、今頃は売りをしていたかも知れない。苦しさを知っているからこそ、施すことの大切さを分かっている。
そんな理由もあり、『ダンジョンクリア講座』や『実録。スキル習得ペナルティー!? 全八日間の記録』などの情報を提供した如月薫は、彼女たちにリスペクトされていたりする。
薫の場合は、生憎と困窮したり危険な目にはあっていないので、見ず知らずの他人へ、直接施しをするといった考えは1nもない。
小学生時代は募金や義援金に協力もした薫であるが、中学生になってからは海外の貧しい学生への募金というものに嫌悪感を覚えて以来、コンビニの義援金箱にしか募金しないことにした。同じ学校に貧しい生徒がいるのに、見て見ぬふりの教師や生徒会。そいつらの本性を知った薫は、SNSでさらに情報を集め知識を得たことで、人類は昔から変わらないものだと知った。
如何に科学や文明が進もうと、誰かを下に見てストレス発散したり弱者を救済して悦に浸る者は後を絶たず、その弱者を作り出している社会や支配者を見て見ぬふりをしている偽善者たちの多さに辟易した。
だから薫は、自身や家族に利がない行動はしないことにしている。しかし、可愛い女子にはそこそこ甘かった。そういうお年頃なので仕方のないことだった。
だが、現在の薫は美人を見慣れてしまったので、自分からダンジョンに入るような女性でも普通に見殺しにすることが出来るし、集りに来る連中にも哀れみや慈愛の精神など皆無である。他人の批判や非難など何ともない、耐性100%万歳である。
定宿へと戻った4人は、清浄スキルで身体と服を綺麗にすると、HPMP回復薬(微)を1本きゅっと飲み干した。
ここは元から民宿で、この宿の息子が新人族に目覚め迷宮化防止結界を設置したことにより、営業が一部再開されている。つまり、素泊まりのみである。しかも料金は1泊魔石1個が条件である。救いなのは、1人1個ではなく1部屋1個なので、駆け出し新人族には需要がある。そんな理由もあり、ここに泊まっている者の多くは同業者である。
それゆえに、複数のパーティーが合併してクランを名乗っている者たちもいる。加入条件は、レベル20以上となっている。どうやら、初心者のサポートはしない派のようである。
彼女たちは端から加入する気はないが、女性メンバーが極端に少ないこともあってか、会うたびに勧誘されている。彼女たちには加入条件は適用されないらしい。
「あいつ等、ほんっとうざいね」
「同感。もう目つきからして無理」
「ほかに良い場所があればいいんだけどねー」
「レベル30になるまで我慢」
「だねー。じゃあ、いつものやりますか」
「「「おー」」」
この日の戦果である、迷宮核の宝箱を床に全て並べて鑑賞する4人。宝箱を開けるのが一番楽しい時間であったりする。迷宮核の宝箱(小)2つと迷宮核の宝箱(小+)3つである。見つけたダンジョンは美味しくいただく派であるので、初心者ダンジョンでも攻略はするのだ。罠も怖くないので直ぐに攻略できて時間も掛からないので、スルーなんて勿体ないことはしない。
「ゆり、いつものお願い」
「運気よ上がれ」
寛子の頼みにゆりが応えてスキルを発動する。すると、4人の体が一瞬黄色の光に包まれた。ゆりのスキルである運上昇(微)が発動した証である。これで宝箱を開けると良い物が 出やすい気がするのだ。今のところ結果は
開ける順番は、運のステータスが高い順と決めているので、どの箱を開けるのかも自由である。4人が1つずつ開けたものの、残念賞ばかりであった。
「頼むよ愛梨」
「愛ちゃんがんば」
「おまけの重ね掛け」
皆の熱い眼差しと期待を背負い、最後に残った迷宮核の宝箱(小)を愛梨が開けると、眩く豪華な虹色の演出の後に小さなミニチュアハウスがあった。
4人はこれと同じ物を見たことがある。育成動画で特レアだと発表された魔道具[安らぎのコテージ]である。鑑定結果も同様であった。
「「「やったあぁっ」」」
4人は揃って歓声を上げた。動画では魔道具の解説はされなかったが、4人は鑑定結果を見てなるほどと納得した。
所有者は、パーティーリーダーの心愛になった。所有者を決めないと使用できないのだから、こうなった。共同で使用するものであるので、誰でもいいとも言える打算の結果である。
さっそく[安らぎのコテージ]を使用した彼女たちは、民宿とは明らかに違う造りと各自の個室やお風呂にとても感激した。しかし、はしゃぎ疲れて寝る時になり、わざわざ一室にベッドを移し4人で眠ったのであった。
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