閑話その8

 ◇◇◇銀山温泉ダンジョン


 芋煮会味噌豚派と芋煮会牛肉醤油味派、いわゆる芋煮会合同チームは、雪景色が続くダンジョン内を捜索していた。目的は、安否不明の新人族を救助するためだ。


 このダンジョンで出現するモンスターには、雪という名前がついており白い体色や体毛のために、用心スキルがなければ非常に発見し難いなりをしている。

 さらに、風を巻き起こしたりあられひょうといった冷気系統の攻撃をしてくるために、面倒な相手が多い。

 そうとは言え、彼らもレベル19に達した強者である。4階層でも相手モンスターのレベルが低いため、後れを取ることはない。



 5階層へ到達した一行は、同じ雪景色に溜息を吐く。薄曇りのおかげで雪による光の反射がないのが救いである。


 移動を開始して10分ほどが経過した時、20を超える緑の反応が現れた。全員が疑問の表情を浮かべた。

 依頼者から聞いた話では、捜索対象の新人族は、若い男の4人組のはずである。

しかしながら、緑の反応はその5倍以上もあるのだ。

 一般人がダンジョンの5階層まで来られるはずはないし、他に新人族が入ったという情報は聞いていない。


「何だろうな。情報の取得漏れでもあったっけ?」

「ここまで来て悩んでても仕方ねえだろ。ちゃちゃっと行って、この目で確かめれば済む話だろ」

「ああ、その通りだな。それじゃ、急いで行こう」


 一行は、雪の降り積もった中を爆走し、茅葺屋根の一軒家を見つけた。緑の反応は、その建物内であるのは間違いない。


「どうする? 普通に玄関から入るか?」

「いや、二手に分かれよう。正面と裏口から同時が良いだろう。1階には10人ほどが同じ場所に固まっている。2階には、4つの場所に3~4人いるから先に1階を確認しよう」

「分かった。俺らが裏口から行こう。1分後に突入で良いか?」


 互いにスマホのタイマーをセットすると、元のパーティー毎に分かれて玄関と裏口で待機した。

 時間が来たことを知らせる振動が、スマホから伝わる。2つのパーティーは、同時に建物内へあっさりと侵入した。玄関と裏口、両方とも施錠されていなかったのが原因だ。


 ドタバタといった音を立てることなく、2つのパーティーはすぐに合流し、1階に固まっている緑の点を目指した。


 障子を開けると、そこには小学児童高学年くらいの女児が10人。10人が10人とも目が覚めるような整ったおもちをしており、透けそうな薄衣1枚だけの寒そうな格好で膝を抱えて座り込んでいた。彼女たちの目は、皆どれも虚ろで、こちらへ反応もしない有様である。


「おい、こいつら人間じゃないぞ。今は魔道具で従魔になってるが、雪ん子というモンスターだぞ」

「何だと! 本当だ。どうなってやがる」

「こうしてみると、まんま人間の子供に見えて助けたくなるな」

「止めとけ。それよりも、2階を確かめるぞ」


 哀れな少女型従魔をそのままに、一行は2階にある緑の点を確認すべく移動する。すると、階段を登り切った辺りで、微かだが声が聞こえてきた。それは、男女の交わりを強く想像させる物であった。


 一行は、一旦下に降りて様子を見るか室内を確認するかをその場で検討し、部屋へと入ることにした。何せ2階には、扉が1つしかなかったからだ。


 扉を開け、室内へと雪崩れ込む一行。そこには、部屋の四隅に配されたベッドの上で複数の女児を相手に盛っている、4人の男性の姿があった。


 素っ裸の男たちは前を隠しながら、こちらへと罵声を浴びせてきた。どうやら、彼らが行方不明の新人族で間違いないようだ。そして、無理矢理相手をさせられていたのは、従魔となった雪ん子であった。従魔とは言え、魔道具で強制的に従魔にしているために、感情は乏しく表情も虚ろである。


 一行は、わざわざここまで来たことを後悔していた。モンスターとはいえ、見た目女児を相手に盛っているクソ野郎を助けにきた馬鹿らしさに。


 2つのパーティーには、女性も少なからずいるため、嫌悪と侮蔑のこもった眼差しを裸の男たちへ向けている。だが、睨むだけでは治まらないようだ。


「五十嵐さん、こいつら消しちゃいましょう。社会の、女の敵です」

「「「賛成」」」

「え? ちょっと落ち着け」

「奥山ぁ、当然こんなゴミは処分するんだよなぁ?」

「「「だよなぁ?」」」

「しょ・処分ですか?」


 五十嵐も奥山も、それぞれのパーティーリーダーであるのだが、女性に対しては弱いようである。男性メンバーたちも、裸の4人に対して激しい嫌悪を抱いている様で、反対意見は出てこない。


「ちょっとみんな落ち着こう。なっ!」


 五十嵐はそう言うと、奥山の襟首を掴んで引き寄せ囁く。

(取り敢えず、1階へ降りよう。そこで話し合いだ。行くぞ)


 五十嵐を奥山が部屋を出て行くので、残りのメンバーも続くことにしたようだ。残された裸の男たちは、黙って装備を整え始めていた。



 階段のすぐ横の部屋に集まった一同は、車座で話し合うことになった。


「相手は同じ新人族なんだ。消すとか処分とか物騒な言葉は止めよう。彼らがっていたのは、結局のところはモンスターなんだし。人間を相手にしていた訳じゃないだろう?」


 五十嵐の言葉に考え込む男性陣。しかし、女性陣には火に油を注いだようである。


「甘いねぇ。あいつ等は絶対に、人間相手にも同じことをするねぇ。お誂え向きに行方不明ってことになってんだ。将来の被害者を減らす意味でも、ここで処分すべきなんだよ」

「そうですよ。性犯罪者は再犯率がとても高いそうです。ましてや、あのような小児性愛者は撲滅すべき対象です。ここで消すのが世のため人のためです」


 五十嵐は現実逃避でもするかのように、目の前で過激な言葉を吐く彼女の昔の姿を思い浮かべる。他者を消せなんて過激な言葉は一切言わない、清純で可憐だった頃を。


 身内を失いながらも、新人族になり強く生き始めた彼女であるが、最近は正義感が強くなりつつある。優しさは当然あるが、非情さが増している感じであるのだ。

 それは、彼女に限ったことではなく、メンバーにも言える事だったりする。おそらくは、ダンジョンでモンスターを相手に戦うというストレスが原因の1つであろうし、レベルアップにより力を手にしている事も原因の1つだろう。


 五十嵐自身も時折、新たに手にした力を思いっ切り奮いたくなる衝動に駆られることがあるので、仲間の皆もそうなんだろうと考える。

 そんな時五十嵐は、必ず一番大切な守りたいものを思い浮かべて、昂った気持ちを落ち着かせることにしている。


 その事を皆に伝えようと五十嵐が思った時、周囲を赤の点で囲まれている事に気が付いた。


「みんな気を付けろ」


 五十嵐の叫びとほぼ同時。強烈な冷気が、その場を覆いつくした。襲われた場所が屋外であれば、恐れるほどの攻撃でもなかったであろうが、屋内で一か所に固まっている所への奇襲である。

 攻撃を仕掛けてきたのは、1階にいた雪ん子たちである。物音を立てずに移動して、対象を取り囲んでからの、10体による一斉攻撃。

 雪ん子たちがヒューと吐き出す冷気は、容赦なく五十嵐たちに吹き付ける。背中には氷が張り付き足元が床とくっつき始める。室内の温度は急速に下降し、床や天井さえも白い霜がびっしりと付いて更に広がっていく。


 ――くそがああぁぁぁぁぁぁあっ、ファイヤーーーー、ブレス!


 五十嵐は、自身の固有スキルである火の加護を、全員に掛けた。

 芋煮会のメンバー全てに、温かな光が降り注ぐ。体についていた氷も解けて消え去り、自由に動けるようになった一同。


「あたいがるから、手ぇ出すんじゃないよ」


 ――火舞狂ほのぶきょう


 立花夏穂は、扇を取り出し舞い始める。すると、ゆらゆらとした火の玉が複数現れ、チョウチョの姿となってひらひらと雪ん子たちへと飛んでいく。


 雪ん子たちは依然として冷気を吐き続けているが、無数に増えた火のチョウチョに群がられて体や服がとけていく。


 立花夏穂は、ダンジョン災害で旦那と小学4年生と3年生の娘を失くし、天涯孤独となった。支えてくれる仲間たちと親を失った子供との触れ合い、何よりもモンスターへ復讐できる力の存在とその力を得られる術を知ったことで、彼女の中で顔を覗かせていた自殺という選択肢は消え去った。

 現在相手にしているのは、大切な宝物である家族を奪い去ったモンスターであるのだが、彼女の心にある思いは倒すというよりも、楔から解放するという思いに占められていた。


 ほどなくして10体の雪ん子は消え去り、後には水溜まりと壊れた魔道具が転がっている。


「夏穂さん、つらい役を任せて申し訳ねえ」


 声を殺して涙を流す立花へ奥村はそれだけ告げると、目元を右手で拭い大声を上げた。


「先に攻撃をしてきたのは、奴らだ。るのに反対の者はいるか? いたら、外に出てろ」


 五十嵐は、奥村の前に歩み出ると、一つ息を吐いてから提案した。


「なあ、助かったんだ。何も殺す必要はないだろう? あいつ等は捕まえて外で罰を受けさせようじゃないか」


 だが、五十嵐の言葉に賛同する者は、唯の一人もいなかった。同じパーティーメンバーたちの悲し気な眼差しが、無言の鋭い刃となって五十嵐の心に突き刺さる。


「五十嵐、あんたのおかげで助かったけどよ、今後も同じことをするならいつか仲間を(殺されて)失うぞ」


 奥村は、五十嵐の左肩を強く握り、ある部分だけを耳元で囁き終えると、建物の外へと押し出した。


「ダンジョン外へ連れ出しても、いったい誰がどうやって罰を与えられるってんだ? ここはダンジョンで、言ってみれば無法地帯だろ? このまま奴等を見逃してみろ。次はレベルアップした奴等に命を狙われるのが落ちだぜ。モンスターとはいえ、子供を道具として使い、性のけ口にする。救助に来た俺たちの命まで狙ってきた鬼畜を生かしておくほど、俺は人間出来ちゃいねえんだよ。分かったら、そこで大人しく待ってろ」


 奥村が扉を閉めようとすると、五十嵐は扉が閉まるのを阻止して嗤いながら言った。


「たった今、この場で、ダンジョン内で甘さを捨てた。受けた仇には、後悔するのも生温いと思えるほどの報復をする」


 一瞬で表情が変わった五十嵐を見た奥村は、怖い気持ちよりも頼もしい仲間が生まれた事に身震いした。




 芋煮会合同チームのダンジョン内捜索で、件の新人族たちを発見することは出来なかったとの報告を受けた依頼者たち。嘆き悲しむ依頼者たちだが、捜索が行われたことで、心が幾分軽くなったのも事実であった。せめてものお礼にと、露天風呂を勧められた一行は、心も体も温める事が出来た。


 こうして、役目を終えた芋煮会合同チームは解散していった。再びまみえる事を約束して。

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