第84話
たかだか1分程度戻らなかっただけで、みんなに心配をかける事になるとは夢にも思わなかった薫であった。しかし、すぐに戻ると言ったのは自分自身なので、みんなへ素直に謝った。
ハイエルフは何処だと食い気味に来る春人に苦笑いしつつ、薫は全員でダンジョンコア手前への扉まで瞬間移動した。
――ドオォォォォォォォォォン
直後に激しい戦闘音がみんなの耳朶を打つ。
サクラは未だに八島と戦っている。薫が見た時よりも、八島の全体がメタリックになっている気がする。その正体は、八島から流れ出る銀色の血によるものであった。
とはいえ、八島の頭は残り2本。超再生スキル持ちなのに、再生出来ないほどのダメージをサクラから受けている証拠と言える。本気でサクラが攻撃したならば、一撃で木っ端微塵になっているだろう八島が未だに生きているのだから、サクラが遊んでいるのは確かだろう。超再生スキルを持つ八島に対して、ほんのちょっぴり同情した薫であった。
血を流すモンスターを初めて目にした面々は、イレギュラーだからだろうと同じ感想を持った。
そこに、アインスとドライの叫び声が重なった。
――止めてくれぇぇぇぇぇぇ
――攻撃しないでぇぇぇぇぇ
みんなの視線がアインスとドライへと集まる。八島を相手にしていたサクラも、攻撃を止めてこちらを見ている。
サクラが攻撃を止めたのを確認したアインスとドライは、ほっと胸をなでおろしつつも、不安げな眼差しを八島へ向けたままである。
薫は、アインスたちに説明を求める。
2人の説明によると、八島はエルフの守り神であるらしい。「いやいや、守り神が大量のエルフを攻撃していたんだけど」と、薫は突っ込む。だが2人の解釈によると、先に攻撃をされたのが原因だろうと。
しかし現実問題として、八島はこちらにも敵意を持っているので、倒すことに変わりはないと薫が言うと、自分たちで必ず鎮めると言ってきた。春人はアインスたちにはっきりと止めるように意見したが、薫たちは2人に任せてみる事にした。
戦闘中止が確定したサクラは、目に見えて落ち込んでいたので、従魔のおやつでご機嫌取りをした薫である。
アインスとドライ、それと春人の従魔となったエリィは、メロディーを口ずさみながら満身創痍となった八島へと近づいていく。
なぜ、エリィが参加しているのか?
アインスたちの説明によると、八島を鎮めるにはエルフが3人は必要となるそうで、ツヴァイを欠く2人にとって、春人の従魔になったエリィに白羽の矢が立ったというわけである。
暫くすると、八島とアインスたちの間に白い
外から様子が
時折、繭の中が赤や青といった具合に発光するものの、薫たちは手出しをすることはなく、広範囲に散らばっている魔石を回収することにした。春人は心配しているものの、みんなと同じ様に魔石の回収をしている。
薫も、アインスたちの状況に興味がないわけではないが、ボーっと見ていても時間の無駄なので、魔石の回収をしようと提案したのだ。
残っていた森も綺麗さっぱり焼き尽くし、全ての魔石を回収したものの、依然として繭に変化は見られない。
薫は、春人に3体のハイエルフから好きなものを選ばせた。春人が選んだハイエルフは、アインスのようにスレンダーで自身と同じ背丈をした個体だった。残りの2体は、再び催眠ガスの充満する亜空間へと戻された。
父親に残りのハイエルフはどうするのかと問われた薫は、アインスとドライの付き人だか従魔にすると答えた。そんな短いやり取りの間に、春人はハイエルフを従魔にしてしまった。
春人は、ハイエルフが眠っていたので簡単にテイムできたというが、魔物使いのスキルの効果であることは間違いない。春人の従魔となったハイエルフの名前は、ヴァージニアと名付けられた。
今回の目的を無事に果たした薫としては、今すぐにでもさっさと帰りたいのだが、おそらく反対されることになるので帰ろうとは言わず、テーブルやイスを出してお茶とお菓子を並べ出した。タマたちは率先して薫の手伝いを熟した。
「春人の従魔を手に入れるという目的も無事に達成できたし、みんなお茶でも飲んで待ってようよ」
そう薫に促された面々は、テーブルについて喉を潤す。春香は麦茶派で、武彦は緑茶派、春人と美玖は紅茶派である。薫には特にこだわりはない。雫は、甘いコーヒーとミルクを混ぜた飲み物が大好きであるが、眠っているので準備はしていない。
「兄貴マジでサンキュー。このダンジョンって、ずーーっと砂漠ばっかだったからめっちゃ不安だったんだけど、今はヴァージニアとエリィも仲間にできたから最高だぜ」
「来年はダンジョンに関係ない物にしてくれ。それと春人、聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「ん? どんなことだよ」
「そのハイエルフ……バージニアだっけ? そいつのレベルはいくつなんだ?」
話題に上ったハイエルフのヴァージニアは、春人の後ろに控える形で立っている。
「ああ……俺と同じレベル41だ。エリィの時も何でかレベルが下がったんだよな」
薫だけでなく、当事者の春人以外には貴重な情報であった。なにせ他人の従魔のステータスは見られないのだから、対象の従魔の情報は当該従魔の主から得なければならないのだ。
[従魔の鈴]や[隷属の戒め]といった魔道具を使用した場合は鑑定できるが、そのような従魔のステータスは低いので、問題視しない薫である。薫がこの事を知ったのは、両親が魔道具でこのダンジョンのモンスターをテイムしたおかげであった。雫の参加を認めていなければ、知ることもなかっただろうと思う薫であった。
従魔のレベルは主のレベル以上には上げられないし、レベルの高いモンスターを従魔にできたとしても、そのレベルは主のレベルまで下がることが確認できた。薫は新たな情報を得られたことに満足した。
薫はキャンペーン期間が5月3日の昼を過ぎた辺りでなくなるので、それまでは自宅で全員レベルアップをしないかと提案した。
「今までと変わりませんけど、レベルアップ大賛成。たしか地図と用心の上位スキルがレベル50から習得できるんだよね、薫くん。用心の外から攻撃される恐ろしさが理解できたので、安全第一ってところが良いね」
春香は、雫の相手をしながらレベルが上がりSPも入手できるので、大賛成である。まあ、本人が言った通り今までと変わらない。
「俺もそれで良い。範囲外から一方的に攻撃されるのは、マジでキツイ。ヴァージニアをカズたちに紹介しようと思ってたが、あっちはまだ家族のレベリング中だろうから、問題ねえだろ。それに従魔たちの強化には、スキルポイントがいくらあっても足りなさそうだしよ」
春人は実力不足を痛感しているので、薫の案に否はないようである。エルフとハイエルフを従魔とし、さらに真祖・エルフのアインスも同行するのだから、戦力はかなり底上げされているのだが、慎重な姿勢を見せている。
「ふーむ……ダンジョンのモンスターが素材化するのにも時間が掛かりそうだし、薫の提案に乗るか。高額な素材を数種類購入しておこうか」
少し考えこんだ武彦も、薫の案に賛同した。美玖も反対ではない様である。
「そうね。高額な素材はいつドロップするかも分からないから、薬と一緒に確保しておきたいわね。10分の1で購入できる今がチャンスなのは確かなのよね。薫、無理しない範囲でコアの討伐をしなさいよ」
雫以外の賛同を得た薫は、一番レベルの低い春人に合わせたダンジョンコアの討伐をすることに決めた。その理由は、従魔が一番多い春人を慮ったスキルポイントの確保を重視した結果である。
春人のレベルは41へ上がったばかりなので、ダンジョンコア(並+)を約720個討伐すれば、レベル50になる計算だ。因みに、ダンジョンコア(並+)とは、マナコインや迷宮核の宝箱の横に付く名称をダンジョンコアに当て嵌めたものである。ダンジョンコア自体は、全てダンジョンコアとしか表示されない為に、薫が思いつきで名付けているだけである。
なお、ダンジョンコア(並+)1つ討伐で200万SPと175Pを入手できるので、720個討伐した場合、14億4千万SP、スキルポイントは126000Pになるだろう。
「薫くん、勇者ちゃんたちのレベルを上げる時に、私も一緒にお邪魔しちゃっても大丈夫かしら?」
「相手が承諾した場合は別にいいけど、どうして?」
「え? うーんと、勇者ちゃんと魔王ちゃんは年齢が近いし、お友達になれたらいいなと思ったの。あとは、コスモスがダンジョンに入りたがっているのもあるから」
春香の言葉が終わると同時、繭が一際眩しく発光した。
周囲を白一色の光で染め上げるほどの光量をしばらくの間放つと、繭と一緒に巨大な八島も忽然と消えていた。
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