第41話

 勇者こと佐倉さくらあやとその仲間たち、魔王こと後藤ごとうともえとその仲間たち、剣聖こと伊藤いとう刀児とうじとその仲間たち。

 総勢14名は、キャピトルロビーで内閣総理大臣の伊部いべ三蔵さんぞうと会食後のお茶をしていた。その場には、官房長官の須田や補佐官の今井の姿もあった。


「あ~、会ってみたかったな~、噂の薫ちゃんに。貰ったお薬のお礼も言いたかったのに」


 残念そうに言葉を吐くのは、現役女子高生の佐倉綾。自称勇者であり、SNSではかなり名が知れ始めている。


「俺だって薬の礼を言いたかったぜ。後、本人と手合わせもしてみたかったぜ」


 そう漏らすのは、腰まである長い茶髪を有する面長の男。自称剣聖の伊藤刀児である。世間が混乱する中、剣聖教を立ち上げているが、正式には認められてはいない。理由は単純明快、届け出自体をしていないからである。本人は届け出が必要なことを知らないが、仲間たちは届け出が必要なことを知っているし気が付いてもいるのだが、本人へ教えるつもりは微塵もなかったりする。


「ともえはねー、薫さまにー、きちんとお礼を伝えてー、レベルアップを手伝って欲しかったなー。よーやく会えると思ってたのにー、死にたい」


 間延びした喋りをするのは、色白で艶やかな黒髪の小柄な美少女然とした後藤巴。自称魔王である。魔王という割には、威厳など欠片も感じられない。逆に庇護してやらなければと思わせる存在である。


「済まないね、一応引き留めようとしたんだけど、如月君も家族が心配らしくてね」


 能力者たちへ手を合わせながら謝るのは、補佐官の今井である。勇者たちは、国会議事堂解放作戦に失敗したが、金銭などのやり取りもなく依頼を受けてくれたので、今井は彼らに報いてやりたい気持ちがあった。

 すると、それまでにこやかな表情で勇者たちを観察していた伊部は、提案があるんだがと前置きして、語り出した。


「君たちは、能力者の中でもかなり有名でレベルも高いそうだね。我々は、現在の混乱した世の中を沈静化し復興する為にも、君たちの協力は不可欠だと考えている。そこでだ、政府は君たちのサポートをしていく用意がある。もちろん、君たちにもこちらへ協力してもらう事になるのだが、どうかね?」

「協力? 日本政府が一体どんな事をしてくれるの? 見返りに、私たちはどんな事をすれば良いの?」


 伊部の提案は、須田も今井も与り知らぬことであった。そして、勇者である佐倉綾は、伊部の問い掛けに対して質問で返す。魔王の後藤と剣聖の伊藤は、大人しく伊部の返答を待つようだ。


「我々からは、衣食と飲める傷薬(微)、HP回復薬(微)、HPMP回復薬(微)をチーム毎に、各10本ずつ提供しよう。残念ながら安全な住居の確保が難しい事を午前中に知ったばかりだから、そこはテント生活で頑張ってほしい」

「「伊部総理!?」」


 須田と今井の2人は、揃って驚きの声を上げる。それも仕方ないことである。

 伊部は、自衛隊と警察が確保する薬の一部を、勇者たちへ提供すると言うのだから。

 対する勇者たちも、薬の種類に驚いている。


「一体どうやって政府がそんな沢山の薬を? しかも、3種類とかありえない」


 佐倉綾は、当然の疑問を呟く。パーティーで活動している自分たちでさえ、薬の購入は気軽に行えないからだ。


「おいおい、HPMP回復薬(微)って、それは1本20SPもする高級品だぞ。本当に用意できるのか?」


 伊藤刀児には、飲める傷薬(微)とHP回復薬(微)でさえ十分な贅沢品であるのに、HPMP回復薬(微)までも提供するという伊部総理の言葉が、俄かには信じられない。


「……あっ。もしかしてー、薫さまなのー?」


 後藤巴には、これほど潤沢な薬を提供できる人物は、如月薫以外に思いつかなかった。

 勇者の佐倉綾も剣聖の伊藤刀児も、魔王である後藤巴の言葉に納得を示す。


 勇者たちの視線が、伊部に集中する。


「んー、残念。薬は彼ではなく、彼の関係者から購入した物だそうだ。彼の関係者もかなりのダンジョンをクリアしているそうだ。ただ、迷宮化防止結界は購入させて貰えていないがね。今後も購入できないか、粘り強く交渉していくつもりだ」


 だが、伊部総理の発した言葉は、勇者たちの予想外のものであった。


「関係者がダンジョンをクリアしている!?」

「おいおい、マジかよ。あいつ本人じゃなくて?」

「ぜったいぜーったい、薫さまにパワーレベリングしてもらってるー。うらやましすぎるー」

「今井さん、関係者ってどんな人たちなの?」


 今度は、勇者たちの視線が今井に集中する。


「いや、どんなと聞かれても、協力者とはいえ部外者である君たちには教えられないよ。如月君にも、君たちの個人情報は教えていないからね」

「うむ。には教えられないのだ。には。そうですよね、伊部総理」

「ああ、今井君や須田君の言う通り。無償で協力してくれた君たちには、本当に心から感謝している。この気持ちに嘘偽りはない。だが、やはりに情報を教えるわけにはいかぬのだ」


 ことさら部外者を強調する須田と伊部に、流石の勇者たちも気が付く。伊部の言う協力者となれば、情報を教えて貰えるという事に。


 勇者、魔王、剣聖の3チームは、政府と協力関係を結ぶことに合意した。内容は、3チームは政府から支援を受け、政府は3チームにダンジョンクリアと暴徒化した能力者の捕縛・制圧に協力してもらうことだ。

 一般市民の暴徒に対しては、警察を中心に自衛隊が協力するようだ。


 当面、勇者、魔王、剣聖の3チームは、個人宅のダンジョンをクリアしてレベルアップを図る事になった。

 これは、前日に今井が如月薫から聞いたレベルアップの方法であり、本日中に如月薫によってSNSに流される情報でもある。

 3チームは、この情報に狂喜したが、続く情報に上がっていた士気が若干低下した。それは、ダンジョンが強化されたかも知れないという不確定情報の所為であった。


 本日行われた国会議事堂内調査及び人命救助作戦中に、国会議事堂ダンジョン内が変貌したからだ。


 如月薫がもたらしたダンジョン内の変化を確かめるべく、ダンジョンに派遣された自衛隊が見たものは、昼間のように明るく大人の膝くらいまで高さがある草が青々と生い茂る、見渡す限りの平原と化した国会議事堂ダンジョンであった。鳥のさえずりや虫の鳴き声はないものの、澄んだ空気が美味しくピクニックでもすれば最高であった。そこが危険なモンスターが生息するダンジョン内でなければ。国会議事堂ダンジョンの変化を確認した自衛隊は、モンスターと遭遇する前に即時撤退した。

 如月薫の情報通りならば、レベル30台のモンスターが徘徊しているのだ。交戦しても勝てないだけでなく、全滅の危険が高い為に、ダンジョン内変化の確認後は速やかな撤退が推奨されていたのだ。


 勇者たちは、国会議事堂ダンジョンが地下153km以上の深さを有していて、レベル360台のモンスターもいるという情報に絶句していた。

 ただ、地下153kmやレベル360台のモンスターは、如月薫の一方的な情報であり、政府が確認した物ではない事を付け加えておくのを、今井は忘れなかった。

 4つ目の人命救助が失敗したことは、話さなかった。


 その時、職員の一人から新たな情報を告げられた。如月薫がSNSに新しい情報をアップした事を。


 そこには、7日=168時間経過したダンジョンは、外見に変化がなくても中は異空間となっており、一辺数百mから数十kmの広さを持つ階層構造にアップグレードしている事。さらに、モンスターもレベル5から20ほど強化されている事。

 5m以内のダンジョン同士が融合しているといった内容だ。


 この情報には、今井含め全員が溜息を吐くしかなかった。ダンジョン攻略の難易度が高くなったのだから、当然の反応であった。


 『ダンジョンクリア講座』と題した情報には、1階~2階建ての個人宅が一番モンスターレベルが低くクリアし易いこと。

 地下も含めた3階建ての個人宅は、若干モンスターレベルが高く、罠も危険度が上がると注意喚起されている。

 追加の注意事項として、ダンジョンが屋内型でなかった場合は、ダンジョンが成長しているので危険とも書かれている。

 1人~5人パーティーは同じ報酬を得られるが、6人以上は未確認であること。

 さらには、ダンジョンコアを討伐すると、ステータスが上昇するマナコインや、レアアイテムが出現する事もある迷宮核の宝箱がドロップする事、大量のSPやスキルポイントも入手出来て、【称号】が得られる事が書いてあった。


 これは、多くの新人族にとって光明となった。なぜならば、自らダンジョンに行くような連中にとっては、目先の利益(食料品や衣類や生活雑貨など)が重要であって、ダンジョンクリアに価値を見出していなかったからだ。

 あるいは、職場や学校といった交流する場所を求めて、大きなダンジョンに無理なアタックしていたからだ。


 しかし、薫によって示されたダンジョンコア討伐は、ソロだろうが5人パーティーだろうが、同じSPとスキルポイントが獲得出来る事により、強くなり生活も安定するという、希望が齎されたのだ。

 何よりも、というフレーズが多くの新人族の胸を熱くした。


 そして、空間収納スキルを習得すればSPとCPと現金の出し入れも自由、つまり、金さえあれば、何でも購入できると書かれていた。


 これには、伊部や須田等が歓喜の声を上げた。特に須田は、大量殺人犯の薫に頼る必要がなくなるので、大喜びである。


 だがしかし、空間収納スキルの習得にも個人差があるようで、3チームの中で一番早く習得できそうな者でも、30,000Pもスキルポイントが必要と判明した。

 この時勇者たちは、習得に必要なスキルポイントが100倍になっていることに、漸く気が付いたのだ。


 どうやら、ダンジョン内の変化に留まらず、新人族の方にも変化が起きているようであった。


 この情報は、すぐに海外でも拡散されダンジョン討伐時代の幕開けとなる。

 しかし、海外の有力者たちが注目しているのは、如月薫という人物であった。スパイ天国の日本において、如月薫をめぐる争いが起ころうとしていた。


 3チームが去った後、伊部総理と須田官房長官と今井補佐官は、伊部が如月薫の家を訪問するときに、現金20兆円を支払うことを決めた。例え倍額であろうと、何としてでも迷宮化防止結界(極)を購入すると、3人は気炎を上げていた。




 家族の無事な声を聞いた官房長官の須田 憲弘は、嬉し泣きで嗚咽を漏らした。通話先の家族も同様に泣いていた。この時になり、須田は薫に感謝の念を覚えた。そして、恩人に対して高圧的な態度をとり、感謝の言葉を述べる事すらしなかった自分を恥じた。


 不思議な能力を使い避難シェルターに突如として現れた少年。その彼が、10人を超える人間を殺している事を聞かされ、少年という事もあり色眼鏡で接してしまった。


 瞼を閉じれば、気を失う前に見た薫の不快感全開の表情と言葉が鮮やかに蘇る。


 ――助けられて礼も言えない、この恥知らずが


 モンスターという圧倒的な脅威から逃れたものの、脱出手段もないまま救助を待ち続けた日々。同じ境遇の者を、励ましたり調停したりと気が休まることのなかった状況から解放され、自身のストレスを人殺しというレッテルを盾に若年者へと向けた事を認識した須田は、深い溜息を吐いた。


「感情のコントロール、未だ極められず。はぁ~、我知らず慢心していたか」


 今日の1件で、如月薫へ接触をしないようにと厳命された須田は、謝意を伝える術を思案する暇もなく、激務に身を投じる事になった。

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