第38話
世界にモンスターが出現し始めてから8日目。
日本時間 AM09:13
世界中が震撼した。
なぜか、建物が崩壊する事はなかった。
土砂崩れや、津波なども起きなかった。
ただ、最初に生まれたダンジョン群が、一斉に変貌した。
如月薫は、国会議事堂内に入る直前に、瞬間移動を中止した。なぜならば、先程まで表示されていた緑の点が、地中深くに表示されたからだ。
薫の地図スキルと用心スキルの範囲は、153kmを超えている。そう、先程までかなり近くに表示されていた緑の点が消えた為に表示を切り替え、現在は最大範囲ギリギリに表示されているのだ。
薫は議事堂内にいるモンスターで、自分に一番近いモンスターを見てみた。レベル31のヒュージグリーンスライムがいた。だが、その周囲には見渡す限りの草原が広がっている。他にも、レベル30台前半のモンスターが多数徘徊している。
薫はモンスターレベルがいきなり上昇している事にも驚いているが、何よりも、床どころか壁や天井さえも無くなっている事に驚愕した。
地図スキルは、目の前の建物内の構造が、ガラリと変わっていることも表している。
薫の目の前にある国会議事堂の建物は、外から見る限り何の変化もない。しかし、地図スキルによれば、内部はさっきまでとは全く別の構成に変化しているのだ。魔道具の[転送陣]を使用しても最大距離が2kmなので、生存者の救助はかなり難しい。
薫は、緑の点付近にいるモンスターを鑑定してみた。すると、驚愕のレベル360のギガントエメラルドゴーレムという、巨大で緑色に輝く大巨人がいた。薫は倒してみたい誘惑に駆られたが、めちゃくちゃレベルアップしてしまった場合、ステータス上昇の損失が図りしれないので、諦めることにした。ちなみに、ゴーレムのいる場所には、荒涼な岩石砂漠が広がり、彩り豊かな巨大なゴーレムがかなりいた。
薫は、状況が変わった為に救助をすっぱりと諦めた。
救出が可能か不可能かで言えば、おそらく救出可能だ。馬鹿高いレベルのモンスターがいるのだから、簡単にレベルが上がるだろうし、職業ランクも上がるだろう。
だが、最初にステータス育成で失敗した薫は、急激なレベルアップはしたくないのである。また、あの時の感覚を味わいたくないという事もある。薫にとっては、面識のない人間の命よりも、自分の事が最優先されるのである。
今井たちが慌てふためく中、キャピトルに薫が1人で戻ってきた。そして、今井に向けて最後の生存者たちの救助は不可能になったと告げた。
すると、官房長官の須田は、薫を怒鳴りつけた。
「何を言っておるんだ、貴様はっ! 仕事を請け負ったのなら、最後まで全うしろ。出来なければ、莫大な違約金を払わせるぞ!」
「何言ってんのお前? 馬鹿なの? 死ぬの? 契約内容も知らない奴は口を開くな」
戻ってきていきなり怒鳴られた薫は、相手が年長者だろうとお構いなく毒を吐く。
「何じゃと貴様、目上の者に対する口の訊き方も」
「まあまあ、須田官房長官、抑えて下さい。済まないね、薫くん」
薫と須田の口論を、慌てて止めに入る今井であった。今井は薫に両手を合わせて拝み倒す。須田は、伊部総理に窘められている。
今井は、どうして救助が出来なくなったのかを、詳しく話してくれるよう、薫に頼んだ。
「今さっき、状況が変わったんだ。外からの見た目は何も変わってないんだけど、ダンジョンの中身が全くの別物になった」
「さっきというと、あの大揺れの事かい」
「地震があったの?」
「建物や備品は何の影響もなかったけど、私たちは確かに大きな揺れを感じたよ」
「……そっか。推測だけど、ダンジョンが生まれ変わったんだと思う。完全にモンスターのレベルが高くなってるし、中身は別世界になってるからね」
「別世界だって!!」
「実際には中には入ってないけど、入ってすぐの場所が大草原になってた。そこのモンスターたちはレベル30台ばっかり。それで、肝心の生存者の反応は、地下153km付近まで移動していた。そこのいるモンスターのレベルは360台だよ。だから、無理。契約内容にも、突発的な事象があった場合は、僕の判断に委ねるだったでしょ」
「……薫君の言う通りだ。しかし、いままでいたモンスターはレベル10程度だったんだよね?」
「入口近くはそう。でも、奥の方には、元から30台のモンスターもいたよ」
「そうか。ちなみに、薫くんなら何処までいけそうかな?」
「僕1人なら生存者の所まで行けると思うけど、それまで生存者が生きているか分らない。例え生きていたとしても、連れて帰るのは無理。魔道具の最大転送距離が2km。途中で何か所も安全地帯を作るのは不可能だから」
薫の言葉を聞いた今井含め多くの者は、薫の判断に納得するしかなかった。そもそも、深度153kmなど地殻を通りこしてマントルに達している。ダンジョンと言う特殊な空間であるとしても、深度153kmへの移動となると尋常な距離ではないため、絶望的である。
だが、須田は違った。
「行けるのなら、さっさと行ってこんか」
「はぁ~。つぎ僕に命令してみろ、消すよ。助けられて礼も言えない、この恥知らずが」
薫は、威圧を発動し須田のみに向けた。須田は顔を真っ赤にしたが、すぐに気絶して倒れた。
「おい、須田君須田君。きみっ、須田君に何をしたんだ!」
「大声出さなくても聞こえてる。其処のバカには、これをちょっと強めにした。だから、単に気絶してるだけだよ」
相棒である須田が急に倒れたことで、伊部は薫が何かしたのではと思い、問い質す。
すると、薫は全方向に軽く威圧を発動した。同じフロアにいた者全てが、不安と恐怖を感じた。
近くで受けた伊部と今井ら幹部連中は、ぶるりと身の震わせた。
「もう、会う事もないと思うけど、そのバカに次はないって伝えておいて。即、消去するから。それじゃ、今井さん、報酬を。父さん達の潜ってるダンジョンも変わってるかも知れないから、僕はもう帰る」
「え? もう帰るの? 勇者たちが薫くんに会いたいって、昼からここに来る予定なんだけど」
「そいつらより、家族の安全確認が大事なんで。あー、この最後の[転送陣]は、未使用だからどうぞ。ここにしか転送出来ないけど」
今井は、[転送陣]のカードを受け取った。薫は、数人が台車で運んできたジュラルミンケースを空間収納に収め、空になったケースを台車に積んでいき、111億円を手に入れた。もはや、空間収納を隠す気もないようだ。残りの報酬40億円と[転送陣]4つの経費が40億円と救助者数31名で31億円、合計111億円也。
「まいどあり~。みなさん、頑張って下さい」
そう言って、薫は瞬間移動を使った。
薫がいなくなっても、しばらく誰も動かなかった。そんな中、今井に声を掛ける者が。
「今井補佐官、よろしいでしょうか?」
「ん? 高木三等陸佐、そんなに怖い顔をして何かありましたか」
「はい。先程の会話でモンスターのレベルが上がり、ダンジョンが生まれ変わったと聞こえたのですが」
「! そうだ。また、大変な問題が起こったんだった」
今井は思わず頭を抱えた。ちらりと、伊部総理の方を見る。
伊部は須田を心配そうに見てるだけだ。
今井は内閣総理大臣補佐官であるため、今は伊部総理に判断を仰ぐのが筋だ。
「伊部総理、国会議事堂のダンジョンを調査されますか? 如月少年の報告を確かめる意味でも、中に草原があるか確かめませんと。しかし、その場合、甚大な被害が予想されますが」
「む。そうだったな。今井君、モンスターのレベルというのは、誰でも分かるものなのか?」
「いえ。SNSの情報で得た限り、かなり希少な能力のようです。一応、1人だけ見つけたので協力要請を出しております」
「ふむ、さすが今井君だ。では、本格的な調査は、その協力者を得てからにしよう。ただし、今すぐ草原になっているかの確認だけはして欲しい。草原化が事実と確認できたなら、モンスターに遭遇する前に即時撤退を心掛けて欲しい。ところで、レベル10程度のモンスターでどれくらいの強さがあるのかね?」
「さきほど話しましたが、勇者・魔王・剣聖の3チームが壊滅するほどです」
「その……君のいう勇者って者たちは強いのかい?」
「強いと思われます」
伊部総理は、今井の横にいる自衛官に目を向け尋ねた。
「君の考えはどうだね?」
「はっ! 小官も今井補佐官と同様の考えであります」
「なるほど。なら、先程までいた少年の強さは、彼らと比べてどのくらいだろうか?」
「小官が愚考しますに、蟻と象ほどの違いがあると考えております」
「ふむ。比べるだけ無意味と。しかし参った。僕も彼にお礼を言い忘れているから、良い印象は持たれていないかな? だが仕方ない、彼の家に出向かなくてはな」
「伊部総理が出向かれるのですか!」
「そうしないと、安全地帯を確保する結界なる物を、購入できないだろう? 報酬は払ったとしても、助けられた礼を述べなければ、人の上に立つ者として失格だろう?」
「伊部総理。分かりました。しかし、昼からやって来る勇者たちに労いの言葉を掛けて頂きたく思います」
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