第37話
4月17日
世界にモンスターが出現し始めてから8日目。
一昨日、家族も交えて今井らと交渉し、薫は国会議事堂内に取り残されているであろう人員の調査と人命救助を請け負った。
前金10億、報酬50億プラス救助者1名につき1億だ。つまり、救助する者=生存者がいなくても、50億は払って貰えるのだ。
救出に掛かった費用も全額保証して貰える事になっている。しかも、全て非課税枠として。
如月一家の思いとは逆に、今井は全て即答で快諾した。
お薬の件については、母親の希望以上の元価格の7倍で2ヶ月間の契約が成立した。自衛隊と警察に2週間に1回納める事となった。販売する物は、飲める傷薬(微)、HP回復薬(微)、HPMP回復薬(微)を各100個。
飲める傷薬(微)が50SPx7x100x100=350万円、HP回復薬(微)が100SPx7x100x100=700万円、HPMP回復薬(微)が200SPx7x100x100=1400万円、合計2450万円。こちらも非課税枠である。
飲める傷薬(微)は345万円の利益、HP回復薬(微)は690万円の利益、HPMP回復薬(微)は1380万円の利益、合計2415万円の利益である。
物凄い利益のようであるが、マナコイン(小+)をドロップするダンジョンコア1個分程度である。
これなら、ダンジョンコアの討伐をした方がドロップもあるし、なにより全員20万SPを入手できるので、利益は比べ物にならない。よって、美玖は結構ご不満であったりする。
余談であるが、本来は自衛隊も警察も5倍までは認める事で合意していたが、薫が溜息を吐いたのを見て焦った交渉役の上司が、慌てて7倍での取引を認めたためである。薫が溜息をついたのは、「僕の高校生活は始まる前に終了した」と、思ったからである。
昨日午前中、自衛隊のヘリコプター(UH-60JA)ブラックホークの愛称で呼ばれるもので、東京へと移動した薫であった。
現在薫は、国会議事堂ではなく、国会議事堂に近い2つのホテルから選んだキャピトルのロビーいる。ここから、生存者の確認をする事にした。
地図スキルで確認すると、地下は物凄い事になっている。この中からダンジョンコアを見つけるのはバカのやる事だと、薫は早々に諦めた。
肝心の国会議事堂内には、緑の点が4ヶ所もあった。薫は運が良い人もいるんだなと、1人で感心した。
大きなディスプレイに映し出されているのは、精細な3Dマップ。薫は、側にいる今井に見つけた生存者がいる場所を教える。
「おおぉ」と、薫を除いて沸き立つ一同。当然ながら、薫に疑いを持っている者もいるだろうに、周りに合わせている様だ。
残念ながら、4ヶ所とも薫の瞬間移動の範囲外にあるため、行きは自身の瞬間移動スキルを数回使用し、見つけた生存者を救助するには、魔道具を用いることにした薫である。
幸い、1個1千万SPもする[転送陣]であるが、現在は100万SPで購入できるので、痛くも痒くもない。しかも、経費として請求できるのだ。勿論、4個分40億円での請求である。
薫の保有するSPは、10億円の前金をSPに変換したことにより、18,786,309SPとなっている。4百万SP消費しても3千6百万SPの利益が出るのだ。心の中で笑顔になる薫である。
薫の使用する[転送陣]は、最大20人を移動させることができる。事前に転送させる場所の指定が必要なことと、最大転送距離が2kmの制約があることを除けば、非常に優れた魔道具だ。
薫は、[転送陣](葉書サイズのカード)をバキッと2つに割ると、片方を事前に準備していた白線で囲った円の中心に置いた。
そして、追加で3つ同じ円を作り、それぞれに同じ事をした。
準備が整った薫は、今井たちに告げる。
「えー、この円の中には絶対に入らないで下さい。あと、この円に送られた人が、他の円に入らないようにして下さい。絶対ですよ~。それでは、行ってきます」
その言葉を最後に、薫の姿は忽然と消失した。
残された者たちは、白線の円をロープで取り囲む者、HPMP回復薬や飲む傷薬を持って待機する者、円を観察している者、目を閉じている者、両手を組んで祈りを捧げる者と様々だ。
薫は連続して瞬間移動を行い、現在は議事堂内の中央広間にいる。今し方、敷地内から建物内部へ瞬間移動したときに、何やら違和感を覚えた薫だが、それが何によるものなのかは、分らないようである。
薫は早々に頭を切り替え、生存者のいる場所へと転移した。
突然、1人の少年が
突然現れた少年とは、もちろん如月薫である。
薫は、警戒する生存者たちを営業スマイルで一瞥する。
しかし、正体不明の少年に笑顔を向けられた者たちにとっては、不気味な笑みとしか思えず、恐怖を抱かせ警戒心をさらに高める結果となるのだった。
そんなことに思い至らない薫は、営業スマイルのまま伊部総理へと声を掛けた。
「初めまして、伊部総理。僕は如月薫。現役高校生です。今日は、今井補佐官からの依頼により、あなた方を救出しに来ました」
モンスターと同じように、突然現れた如月薫と名乗る少年が、伊部を名指しで指名し、内閣総理大臣補佐官である今井の名を口にした。しかも、自分たちを救出に来たと言うのだ。夢なのか現実なのか分らなくなる生存者たち。
冷静に考えれば、ドアも通らずにシェルターに入れる人間などいないのだから、目の前に現れた少年は人間ではないだろう。
しかし、モンスターに、伊部総理を名指しし補佐官の名前まで出すほど知恵があるのかと、疑問も生じる。よって、彼らは戸惑いつつも、少年から出来るだけ離れようと、刺激しないようにじりじりと壁際へと避難する。
「めんどくさっ。救出する場所があと3ヶ所あるんだから、全員僕の周りに集まってくれる? あっ、これはクライアントの名刺ね。それじゃ10秒数えたら帰還するから。もう、ここには来ないからね。1……2……」
薫は、そう言って今井の名刺を伊部へと放る。そして、半分になった[転送陣] のカードを左手に持って、カウントダウンを始めた。
自らへ近寄ってこない薫に、警戒していた連中はどうしたものかと、さらに困惑する。
しかし、一人の男が声を張ると檄を飛ばした。
「皆、生きて帰るぞ。速やかにあの少年の元へ移動するぞ」
言うや否や、伊部は年に似合わぬ動きで薫の元へと駆け出した。SPは伊部を制止しようとしたが、彼の眼光に睨まれ制止を中止し伊部に続いた。それを見た他の連中も、薫の元へと駆け寄ってきた。
「ほら、伊部総理、僕の右手を握って下さい。もう片方の手を誰かと繋いで下さい。後は、みんな数珠繋ぎでよろしく~」
「少年、これで無事に帰れるのかね?」
「そこは信じてもらうしかないです。手を繋いでいない人はいませんか? ……居ないみたいですね。転送」
薫の言葉を最後に、全員の視界がくらっと暗転し、歓声の中閉じた目を開けると、高い天井と自分たちを取り囲む人の壁が目に付いた。
――総理と他15名の生存者を確認。直ちにバイタルチェック。
生存者を囲んでいたロープが解かれ、待機していた医療班の元へと、1人1人連れて行かれる。自力で動けないほど弱っている者はいないためだ。
「伊部総理!」
総理補佐官の今井が、伊部総理へといの一番に駆け寄った。
「伊部総理。御無事で良かった。本当に良かった。さぞや、お疲れの事でしょう。ささ、こちらをお飲み下さい。疲れが軽減されるはずです」
今井はそういうと、HPMP回復薬(微)を、伊部総理へと差し出した。
伊部は、本当に生還したのだと実感し、今井の差し出した物ごと彼の手を両手で握り、「心配をかけたな、今井君。救出感謝する」と、労いと謝意を述べてから、薬を口にした。
「ふぅー。うん? 疲れがとれて気力が漲ってくる。今井君、先程の少年も気になるが、現在の状況報告を出来るだけ詳しく頼む」
伊部は、麻薬か何かの薬かと思ったが、この状況下においては疲れたと言っていられないと、自身に言い聞かせた。自分が居なくなってから今日で7日目。日本の現状を知るのは、内閣総理大臣として急務だと理解しているからだ。
「はい、総理。モンスター出現から7日。総理を含めた全ての大臣、副大臣の安否も不明でしたので、政府としても国民に対応できていません。モンスターの出現は、建物の大小を問わず起きていて、遺憾ながら警察も自衛隊も対応できておりません」
伊部は瞑目したまま、今井の報告を静かに聴いている。
「人の集中していた、商業施設・役所・学校・病院などでは、甚大な被害が出ている模様ですが、把握するにもマンパワー不足でして
「新たなる人類」
伊部はそれだけ呟くと、報告を聴く体勢に戻った。
「現在、モンスターが現れる場所は、ダンジョンと呼称されるようになりました。これは先程の少年、如月薫という名前ですが、モンスターが生まれる場所はダンジョンであり、ダンジョンにはダンジョンコアがあるので、これを討伐するとダンジョンは消え去るという情報を齎しました」
そこで、再び歓声がわいた。
薫が2組目の生存者を連れて戻ってきたようだ。
今井も伊部も、そちらへ目をやる。医療班の元へと運ばれる生存者のなかに、官房長官の姿を確認した。
「須田君、無事だったか。こちらへ来れるかね?」
伊部は自身の頼りとする須田官房長官を見つけると、声を掛けた。伊部にとって、須田の生還は相当嬉しい事のようだ。伊部は目頭を押さえている。伊部と須田は抱き合って互いの無事を称え合った。
急遽用意された椅子に、須田が座る。須田も伊部と一緒に今井の報告を聞くようだ。当然、須田もHPMP回復薬(微)を服用した。
「残念ながら、ダンジョンは討伐しても、運しだいで再びダンジョン化するそうで、ダンジョン化を防ぐ確実な方法は、現在1つしか確認されておりません。その方法は、新人族が購入できる迷宮化防止結界なるものを使用する事です」
「ならばそれを政府が買い上げれば良いだろう。多少高くても仕方なかろう」
今井の報告中に、間髪入れず買い上げを示唆する須田官房長官。しかし、今井の反応は芳しくない。伊部総理も当然疑問に思うが、まだ報告の途中なので、聞く姿勢を維持する。
今井は溜息を吐きたくなるも、なんとかこらえて報告を続ける。
「官房長官の仰る通りには……そもそも、新人族が購入する物はSPなる物が必要になりまして、それはモンスターを討伐して得られる物なのです。しかも、1体につき僅か10SPや20SPです。迷宮化防止結界は、最低でも1万SPが必要になるらしく、購入できる新人族はとても限られるのが現状です。ただ、如月薫少年の情報提供により、より高レベルのモンスターを倒せば、1体で1万SP手に入るそうですが、現実は倒せる者が彼しかいません」
「自衛隊の武装を強化してもかね?」
「残念ながら、銃であろうと新人族以外の攻撃は、モンスターに傷一つ負わせることが出来ません。そして、新人族で活躍していた著名な3つのグループに国会議事堂の解放を依頼しましたが、敢え無く失敗に終わり、迷宮化防止結界の情報源の如月薫少年へ依頼したのです」
「我々を救ってくれたあの少年か。彼が購入できるなら、彼から買い取れば問題なかろう?」
「その、情報提供時に彼は販売しないと公言しておりまして」
「国家の一大事なんだぞ。そんな子供みたいな事を」
「残念ながら、彼はまだ高校1年生なので、成人ではありません。社会へも多大な情報提供をしておりまして。ついでに、殺人に対する忌避感も薄いようで、我々の知るだけで現在17名を殺害しております。最初の6名は、如月少年を襲って返り討ちによる過剰防衛で死亡。次の11名は、返り討ちにあった6名の親でした。私もその現場に居合わせておりまして、実際に消滅させられる所を見ておりました」
「大量殺人鬼じゃないか。国民が殺されるのを、君はただ見ていただと!」
「彼の能力は頭抜けており、国会議事堂の生存者の調査と救出作戦には、彼の協力が是が非でも必要と感じたので、黙殺するしかありませんでした」
今井は、興奮している須田に対して頭を下げる。
「落ち着け、須田君。今は黙って報告を聴こうじゃないか。それに、今井君の対処が正しかったお陰で、我々はこの場にいるのだからな」
「伊部総理……済まない今井君。報告を続けてくれ給え」
今井は改めて話し始めた。迷宮化防止結界には5種類あって、性能が上がるほど大量のSPが必要になる事。他にも、先程配った飲み薬にも色々な種類があり、性能が良い物は部位欠損を治したり万病さえも治ること。当然、そのような効能を持つ物は大量のSPが必要になるため、購入者は極一部の者にしか出来ない事など。
さらには、如月少年の家族から、薬については2ヶ月間だけ購入する契約を結べた事、今回の救出作戦に100億前後の報酬を渡すこと、如月家とは非課税で契約しているなど。今井の独断ではあるが、伊部総理も須田官房長官も、それらを認めないわけにはいかなかった。
そして、自衛隊トップ、警察トップ、都道府県知事の多くが、現在も安否不明なことなど、政府の再編どころか国政の再編が必要な事を述べた。
3組目の生存者が戻ってきて、薫が4組目の救出に向かった時、キャピトルを大きな揺れが襲った。
時刻は、AM09:13であった。
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