第39話

 世界にモンスターが出現し始めてから8日目。


 発生から168時間が経過したダンジョンは、その内部をガラリと様変わりさせた。ダンジョン内は正に異界と呼べるものとなり、外から見れば大して広くもない空間が、一辺数百mから数十kmの広さを持つに至った。中には、モンスターの種類やレベルが激変した場所まであった。




 如月薫は、瞬間移動でキャピトル上空へ移動すると、【乗り物】の隠密烏を呼び出し、その背に乗って地元へと急行した。正確には、父親たちが探索しているダンジョンである。


 隠密烏は、本来なら6千万SPもする高級品である。体長3mほどの全身が銀色のカラスで、背中に透明な膜状の袋を持っていて、その中は特殊な空間となっており、直径10mほどのスペースがある。入口は、5cmほどしかないが、所有者と所有者が許可した者は自由に出入りできる。

 さらに隠密烏の優れた点は、その名の通りステルス性能に優れており、戦闘も可能というところだ。



 薫は、あっという間に目的地である個人宅上空に辿り着いた。隠密烏を空間収納へ収納して、玄関を開く。そこには、仄暗い土壁の洞穴ほらあながあった。


 赤い点をみると、8層のダンジョンのようだ。4人の位置は、2層に春人とそこから500mほど離れた距離に春香がいて、3層に父親と母親が互いに800mほど離れた場所にいる。

 勿論、直線距離でのことであり、迷路状になっているダンジョン内では、移動するにも戦闘とトラップにも気を付けなければならないので、すぐに合流とはいかないだろう。


「おーい、みんなー。無事かー」


 パーティー会話が繋がらなかったので、念話をオンにした薫は、地図スキル上にバラバラに表示されている4人へと呼びかけた。

 緑の点をそれぞれ千里眼で確認している薫は、全員が怪我を負っている様子はないことをわかっているので、暢気な態度であるのだ。


「兄貴ぃ、一体どうなってんだよ。急にみんなバラバラになるし、家から薄暗い場所に変わっちゃうしでよ」

「薫、ダンジョンがダンジョンらしくなったぞ♪」

「もう、お仕事は終わったのかしら? 随分と早かったのね、薫」

「無事だよ、薫くん。みんな、別々の場所に飛ばされたみたいだけど、地図スキルと用心スキルを持ってるから、そのうち合流できると思う」

「みんな無事だね。取りあえず、ダンジョンコアをサクッと討伐するよ。そして、一度家に戻って話し合おう」

「せっかくダンジョン攻略らしくなったんだが、今回は仕方ないか」

「ほんと残念ねぇ。みんなバラバラになっちゃったし、今回は安全優先ね。でも、ほんと残念ねぇ」

「俺は兄貴に賛成」

「薫くん、お願い」


 両親はダンジョンが変化したことで、とても気力が充実しているようだが、一度情報の共有が必要だと感じた薫は、ダンジョンコアを討伐してみんなで家に帰る事を提案した。

 パーティーメンバーがバラバラになっている状態なので、両親は渋々了承し、春人と春香の2人は、薫の提案に安堵した。


 ほどなくしてダンジョンが消滅し、4人が玄関へと集まってきた。

 薫は、40万SPと100スキルポイントにマナコイン(小++)と迷宮核の宝箱(小++)を入手したことを話した。

 4人とも、レベルアップしたことは、少し気分が高揚したことで感じていたようだ。だが、春人はレベルが一息に5も上昇したことで、薫に食って掛かった。


「こんのぉバカ兄貴ぃぃ! またレベルがドーンと上がって、ステータス値が大損しちまったじゃねえかっ!」

「事故だろ。大体、春人も賛成したくせに」

「レベルが5アップするとか聞いてねえし」

「だから、事故だって言ってるだろ。コインはまだ使えるんだから、ラッキーってポジティブに考えれば良いんだよ」

「んじゃ、(小+)のコインを7枚くれよ」

「別にいいけどさ。僕がコアを討伐してなくても、自分たちで討伐していたら、同じ結果になってたんだからな」

「ん? あー、そっか。なんだよ、やっぱ兄貴のお陰で早く出れてラッキーなのか」


 全員が春人を生暖かい目で見ていた。


「まあ、取り敢えず帰ってから話そう」


 5人は、人間ではあり得ない速度で道路を駆けて家路についた。レベルアップの恩恵で、人外の身体能力を有している事に気付いたので、移動は車ではなく自分で走る事になっていた。

 薫は、4人に隠密烏を披露する気は、今のところ無かった。




 自宅のリビングに戻った如月一家と天野母娘は、リビング内に設置している[寛ぎの温泉宿・山]の中へと入った。

 [寛ぎの温泉宿・山]は、[安らぎのコテージ]よりも上位の魔道具で、最大収容人数が200名で、大浴場に個室は基本として、うたせ湯に露天風呂に砂風呂、蒸し風呂に温泉プールや温泉滑り台などレジャー施設も充実している作りとなっている。和室25と洋室25の半々で寝具のグレードもアップしており、卓球台4台や大宴会場も当然の様にあって、泉質の変更や季節の変更が出来る神仕様となっている。

 なお、山なので川と池もあり、裏口から移動することで、山の幸を獲ったり釣りも出来る仕様となっている。薫は、山があるのだから最低でも海もあるんだろうなと、思っている。



 1っ風呂浴びた5人は、和風庭園の見えるロビーで寛いでいる。

 最初に口を開いたのは、薫と春人の母親である如月美玖だ。


「薫、あなたどうやって東京から戻ってきたの? まだ午前10時半よ。本当なら向こうでお仕事してる時間よね?」

「それなんだけどさ、31人は救助してきた。5人組みのグループが1つだけ救助できなかったんだ。それで、急遽隠密烏を使って戻って来たってわけ。話変わるけど、僕は感じなかったけど、世界が揺れたそうだね?」

「なんだ、揺れたのは父さん達が潜ったダンジョンだけじゃなかったのか。突然、揺れたと思ったら、みんなバラバラになるしダンジョンが変貌するしで、ちょっと焦ったぞ。すぐに、地図スキルと用心スキルとパーティー会話で、お互いの無事が確認できた事もあって、大分安心できたから良かったが」

「世界中らしいよ。日本時間AM09:13に、一斉に揺れてダンジョンも変貌したみたい。ただ、家の辺りは変わっていないところもあるから、ぴったり7日経ったダンジョンが変化したんだと思う。父さん達が潜ったダンジョンも、僕がダンジョンコアを討伐していない場所だったから、最初に出現したダンジョンだったんだろうね」

「ふむ、出現から7日がトリガーか。おそらく薫の考えであってるのかもな」

「あとさ、ダンジョン内が変化したダンジョンコアは、レベルアップしてるっぽい。モンスターもレベルアップしてるからね」

「それでか。兄貴さっきはごめん。許してくれ」

「もう済んだことだし、気にしてない。それより、一時パーティーを抜けるから」

「薫くん、どうして抜けるの?」

「マナコイン(小+)を集めるから。みんな、1枚はもう使用してるんだよね?」


 薫の問いかけに、4人は首肯した。

 薫は従魔3体を呼び出してから、1人7枚の4人分で28枚のマナコイン(小+)を集めるにしても、途中でレベルアップした場合は使えなくなるので、パーティーを抜けるのだと説明した。

 4人は、薫の説明に納得を示した。

 マナコイン(小+)7枚だと、HPMP+700に他ステータスが+350もアップするのだから、その恩恵は馬鹿に出来ないのだ。


 MMO世代の両親とVR・AR世代の春人はもちろんのこと、春香もステータスは高い方が基本的に安全度が増す事を、今ではちゃんと理解している。


「念のために聞くけど、コイン要らない人は手を挙げて? いないみたいだね。それじゃ、遠いところから討伐していくか。それで、ダンジョンコアのドロップ品とかもSNSに上げようと思うんだけど、いいかな?」

「兄貴、何でそんな事すんだよ」

「あー、後、ダンジョン攻略指南?」

「いや、だから何でだよ。兄貴の言ってること、イミフなんだけど? 秘密主義から変わり過ぎだろ」

「どうしてなんだ、薫。ダンジョンコアがあることは、もう情報拡散したよな? 父さんも理由が知りたいぞ?」

「なんかさ、異常に近いダンジョン同士が合体? 融合? っぽい事になってるんだ。外から見ても分からないけど、中で繋がってるっぽい。だから、僕たち以外の新人族にも頑張ってダンジョン討伐をして貰おうかと思ってね。前さ、SNSにダンジョンからモンスターが溢れだすんじゃないかって情報もあったから、出来るだけ近くのダンジョンを進化させたくないって思うんだよね」

「あらあら、そんな面白そうな事が起こってるの。これからは、歯応えのあるダンジョン攻略ができそうね」

「兄貴、それって、家の中のままなのか? それとも、今日体験したみたいなダンジョンの方?」

「変化? いや、進化……成長と呼んだ方がいいのかな? まあ、春人たちが体験したダンジョンの方だよ」

「まじか。ん? 兄貴、その場合って、ダンジョンコアが2つ存在するのか?」

「いや、1個しか見当たらない。多分、片方に吸収されたか融合したんだろうな」

「え? 薫くん、今見てるの?」

「うん。進化したダンジョンの方が、ダンジョンコアを探しやすいよ」

「ほう、どうしてなんだ薫」

「最下層の最奥にあるから」

「「「あー」」」


 春香以外は、薫の答えに納得できたようだ。

 いままでの、家屋型ダンジョンの場合、1階・2階・地下1階とダンジョンコアがある場所は、本当にランダムだったのだ。


 そんな時、春香がSNSからびっくりする情報を齎した。それは、習得するのに必要なスキルポイントが100倍になっているという、驚愕すべきものだった。

 だが、この場にいる全員がステータス画面を開き、スキル習得画面に切り替えても、これまでのままで特に変化は見られなかった。


 5人で話し合った結果、【称号】ではないかとの結果に落ち着いた。候補は、迷宮核討伐者か初級到達者、若しくは両方が必要と、曖昧なものであるが、これからダンジョン討伐者が出てくれば、いずれ判明するだろうとなった。

 少なくとも、今のところ5人には全く影響がないので、習得スキルポイント100倍の件は、本当に他人事であった。




 薫がダンジョンコアを討伐していると、如月家に訪問者があった。やってきたのは、孔老人と1人の少女とお付きの者たち。


 薫は面識があるので、1人で玄関に向かった。

 ドアを開けると、紋付き袴姿の孔老人が顰めっ面で立っており、その横には可愛い少女が、孔老人の袖を掴んで立っていた。

 薫は、この少女とは初対面であると思いつつも、なぜだか会ったことがある気もして、奇妙な感覚を覚えていた。


「一昨日ぶりであるな、薫殿。先日頂いた薬が、とても役に立ったのでな、こうして礼を伝えに参った次第よ」


 そう言うと、孔老人は薫に対して一礼する。倣うように、少女とお付きの者たちも、一斉に頭を下げてきた。


「どうも。あの薬が役に立ったのなら良かったです。あなた方の感謝の気持は伝わりましたので、どうぞお引き取り下さい」

「それでだな、お主に頼みがある」

「お断りします」


 挨拶を済ませた薫は、もう用事は済んだろうから帰ってくれと対応する。

 だが、孔老人には別の用件があるようだ。

 しかし、薫は孔老人の頼みを、間髪入れずに拒否する。

 すると、孔老人の傍にいた少女が薫の前へ進み出てきた。


「薫、私と友達になってよ」

「お断りします」

「じゃあ、恋人になってよ」

「お断りします」

「だったら、結婚してよ」

「なんで関係が親密になって行くんだよ。ってか、おまえは誰なんだよ」


 思わず、少女の頭をぺしっと叩いてしまった薫。

 流石の薫も突っ込まざるを得なかった。


「おお、儂の可愛い孫娘が疵物きずものに。なんと不憫な孫娘よ。お主、責任はしっかり取ってもらうぞ」

「手を出された私は、もう薫のお嫁になるしかないの、よよよ」

「2人して何してんだよ」


 孔老人と少女は、必死と抱き合った演技をしながら、少女はちらりちらりと露骨に、薫へ視線を送って来る。

 薫は軽く頭を振ると、笑顔でこう言った。


「うざいから纏めて消すか」


 すると、お付きの者たちはびくっとしたものの、孔老人と少女は全く動じていなかった。

 それどころか、少女は薫に言い返す。


「ふふん。薫が悪ぶってるのはお見通しよ。助けた人間を自分で傷つけるような事もしないでしょう。色々な事に反抗したいんだよね」

「反抗期という事だな。あとは、璃桜の可愛さに対する照れ隠しとみた」

「それが末期の言葉で良いんだな(こいつ、この間のケバくて口汚い女かよ。スッピンの方が可愛いじゃん)」

「全く冗談も通じんのか、お主は」

「と・特別にライン交換で勘弁してやるんだから。これ以上は譲らないんだから」

「はぁ~、んじゃ文通な。ちゃんと郵送しろよ」

「文通ってなに?」

「お主、郵便なんて機能していないのを知ってて言っておるな」

「じいじ、郵便が関係あるの?」

「文通とは、手紙を送り合う事だな。男女だと主にラブレターという事になるかの」

「それって、ラブレターが証拠として残るって事?」

「ん? おお、そうだ。きちんと保管すれば100年経っても大丈夫だぞ」

「薫、私も文通でいいわ。ちゃんと書いて送るから、薫も送り返してね」

「やっぱラインにしよう。ハガキも切手も面倒だ」

「それでもいいよ。でも手紙も書くね」

「連絡を取り合うのは構わんが、璃桜に手を出す事は許さんからな」


 薫が璃桜とライン交換をすると、孔老人たちは去って行った。




 その日、合計50個のダンジョンを討伐した薫である。50個で中止した理由は、途中で薫がレベル26に上ったことに加えて、飽きてしまったからだ。50個の時点で従魔のレベルは22に上がったので、後はコインを使ってサクッと従魔のレベルを上げることにしただけである。


 マナコイン(小+)を春香たち4人にそれぞれ7枚配り、己の従魔たちにも3枚ずつ使用しレベル25まで上げた。余ったコインは、薫の空間収納に死蔵される。

 春人が従魔用に余りのコインを欲しがったが、薫は自分で育てろと、春人のクレクレ要請を一言で切り捨てた。

 余談ではあるが、薫の購入した従魔は、現在購入する事が出来なくなっている。春香が購入した時に、売りきれ(入荷未定)となってから、そのままの状態が続いているからだ。


 迷宮核の宝箱(小+)50個からは、[寛ぎの温泉宿・山]2個と[寛ぎの温泉宿・海]1個と[寛ぎの温泉宿・小島]2個、[現世の絆]が6個、[スキルオーブ](千里眼)1個と[スキルオーブ](空間収納)1個が入手出来た。寛ぎシリーズには、ジャングルとか砂漠なんかは存在しないのかもしれない。


 薫的には、己の運ステの上昇と従魔の運上昇スキルの恩恵もあり、めちゃ大豊作だと思っている。



    キサラギ・カオル(15)


 【種族】 新人族

 【Lv】 26 new

 【職業】 現創師ランク3

 【状態】 健康

 ・HP  9880/9880 new

 ・MP  9880/9880 new

 ・腕力  3992 new

 ・頑丈  3992 new

 ・器用  3992 new

 ・俊敏  3992 new

 ・賢力  3992 new

 ・精神力 3992 new

 ・運   3992 new


 【スキル】

 ・空間拡張レベル3

 ・空間収縮レベル3

 ・瞬間移動レベル1

 ・生気中上昇レベルMAX

 ・全能力中上昇レベルMAX

 ・千里眼レベルMAX

 ・地図レベルMAX

 ・用心レベルMAX

 ・情報偽装レベルMAX

 ・回復力上昇レベルMAX

 ・魔物調教レベルMAX

 ・清浄レベルMAX

 ・全状態異常耐性レベルMAX

 ・全属性耐性レベルMAX

 ・全属性魔法レベルMAX

 ・回復魔法レベルMAX

 ・支援魔法レベルMAX

 ・威圧レベルMAX

 ・音声拡張レベルMAX

 ・練達の悟りレベルMAX new

 ・従魔召喚レベルMAX new

 ・従魔強化レベルMAX new


 【固有スキル】

 ・スキル改造レベル3

 ・スキル融合レベル1


 【EXスキル】

 ・究極空間収納(∞)


 【称号】

 ・生還者         ・大物殺し

 ・迷宮核討伐者(初)   ・初級到達者


 【所有スキルポイント】 3406P new

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