第33話

 薫の10兆円発言でショックを受けている連中に、薫はさらなる爆弾を投下するべく、話し始めた。


「みなさん、日本にある巨大なダンジョンってどこにあると思います? 答えは、発達した下水道なんですよ。大きな建物に目が行きがちですけど、大都市はいずれも下水道が一番でかいダンジョンになると、僕は思ってます。まあ、日本にある洞窟や鍾乳洞がどれくらいの広さか知らないので、あくまで予想です」


 薫の発言に、正気に戻った数人が呟く。


「たしかに、原潜や原子力空母でもモンスターが出現したと」

「バカ、漏らすな」

「地下鉄はダンジョンになってる。そうか、下水」


 ようやくショックから立ち直った総理補佐官の今井洋人が、薫に問いかけてきた。


「如月薫君、君が購入できる結界で一番大きなものはどれか教えてくれないか?」

「手持ちなら、迷宮化防止結界(大)。でも、僕はSNSで販売はしないと公言しましたからね」

「大! えーと、たしか周囲1kmの範囲をカバーできるのだったね?」

「そうです。記憶力良いんですね。流石、政治に関わる人は頭の出来が違うんですね」


 薫は素直に思った事を口にする。しかし、人によってはバカにされたと、気分を害する者もいるだろう事に気が付いていない。

 幸いな事に、今井は薫の言葉を、いやみとは受け取らなかった様だ。例え気分を害したとしても、この場で露骨に表情に出すような人物ではない。


「そんな事はないよ。重要な情報は、メモに取るから癖で覚えやすくなったのさ。それよりも、ぜひ販売して欲しいのだが」

「仮に僕が売ったとしても、後で効果の大きな物を設置できなくなりますよ?」

「! そうだった。いや、しかし今は……」


 今井にとって、薫の前半の発言よりも、後半の発言がよほど衝撃的だったようだ。仮に迷宮化防止結界(大)を手に入れたとしても、より効果の高い物を設置しようとしても、後付けは消滅してしまい無駄になるのだ。

 だが、今井に声を掛ける者が現れた。


「今井補佐官、先程の説明を信じるならば、大なんて出まかせでしょう。彼は最低でも500万SPを持っている事になります。SNSの情報だと、20SPのモンスターを25万体も倒さなければならないのです。そんな事は、不可能ですよ」

「! 25万体……如月薫君、君は本当に迷宮化防止結界(大)を購入できるのかい?」


 薫に尋ねる今井の表情には、疑う気持ちが色濃く出ている。


「うーん、まあいいか。後でSNSにも公開するつもりだったし。モンスターにはレベルがあり、レベル5毎に得られるSP量と魔石に違いがあるんです」

「ああ確かに、モンスターの強さは違うから、その可能性はあるかもね」

「モンスターのレベルがわかるのかっ!」

「うるさいな。大声出さないでくれる? 消すよ? 立札読んだよね?」


 大声を上げた男は、薫の視線を受けて口を両手で押えた。どうやら、感情よりも理性で行動できる人間のようである。この場に残っているだけあり、彼もまた優秀な人材のようである。モンスターのレベルが分るという事は、彼にとってとても衝撃で重要な事だったようだ。

 ちなみに、薫の発言を諌める者は、この場には誰も居ないようだ。


「しらけちゃったし、情報はSNSに上げることにします」


 薫の発言で、彼らの顔には失望が浮かび上がる。だが、今しがた薫が怒った事もあり、誰も薫を刺激したくないのか発言しない。詳しく知りたいのはやまやまだが、皆等しくこんな所で死ぬ気はないようだ。

 そんな空気なのに、今井補佐官は薫に質問を投げかける。


「そうだ薫君。迷宮化防止結界は、一度設置したら撤去は出来ないのかい?」

「今のところ、力尽くで壊す以外は無理ですね。相当固いですよ。多分、銃火器じゃ傷一つ付かないと思います。この場で破壊できるか試したいのなら、これを貸しますよ」


 薫は、迷宮化防止結界(小)を掌の上でポンポンとリズミカルに放り投げる。

 薫の提案に、今井補佐官と彼の取り巻きと思われる人物たちが顔を見合せて頷き合い、中肉中背の平凡な顔の男が発言した。


「ぜひとも、我々に試させてほしい。壊れた場合の補償は、どうしたら良いかな?」

「壊せたらタダで良いですよ。当然、売らないし、あげませんよ?」


 薫には、壊せないと思うだけの根拠がある。何しろ、薫の従魔たちでさえ破壊できなかったのだから。壊せたのは、薫のスキルのみ。現在の薫にとって、1万SPの出費など痛くも痒くもないのだ。

 しかし、今日あったばかりの他人に、本来10万SPの物をくれてやるのは嫌な薫である。高校生が1千万をポンと気前よく他人に渡すことなどないだろうから、薫をケチとは言えない。


 薫の手から迷宮化防止結界を受け取った男は、自分の手の中にある迷宮化防止結界をマジマジと見つめる。小さな半透明で八面体の立方体の中心では、黄金の煌きが放電現象のように迸っている。


「これをここに設置しても、君の家の結界は影響を受けないんだよね?」

「そうですよ。まあ、そいつの所有権は渡していないので、僕にしか設置できませんけどね。新しい情報が得られて嬉しいですか?」

「ああ、知らずに購入した場合は、所有権代も請求されたかも知れない」

「買える当てがあるんですね、良かったですね」


 終始笑顔で応える薫に対して、男の方は最後に言葉を返す事が出来なかった。だが、所有権という貴重な情報を手に入れた男には、不満などなかった。


 男たち数人が拳銃や短刀らしきもので破壊を試みたが、迷宮化防止結界には傷一つ付かなかった。

 薫はやや疲れた雰囲気となった男から、迷宮化防止結界を返却してもらった。

 しかし、破壊を試みた男たち以外には、笑みが浮かんでいた。理由は、銃でも超硬合金の短刀でさえも傷一つ付かない迷宮化防止結界の頑丈さに、安心感を得たからだ。

 結果に満足した今井は、再度薫に話しかけた。


「薫君、済まないが先程のモンスター討伐による報酬と魔石の件を聞かせては貰えないだろうか?」

「両親が戻ってくるまで時間が掛かりそうですし、良いですよ」


 今井の願いを、薫は意外とすんなり承諾した。今井と他数名は、如月薫は下手に出ていればちょろいのではと、このとき思った。

 しかし、薫はすぐに話を変えてきた。


「そういえば、自称勇者たちの情報を教えてくれません? 僕だけが情報提供しているのはフェアじゃないでしょう?」

「確かに薫君の言う事は尤もだけど、個人情報が」

「ああ、名前とか必要ないですよ。僕が知りたいのは、どんな敵に、何人で挑んで、どういった敗北をしたのか。それと、現在の彼らのコンディションくらいですね。じゃないと、救出事態NGにも」


 薫が救出NGと口にした途端、今井は薫の言葉を遮り、話だした。


「情報は大切だよね。やはり、ダンジョン討伐者は目の付けどころが良いね。彼らが戦ったモンスターは、犬の顔をした二足歩行の人型モンスターだ。中には2m近いモノも居たそうでね。彼らはそれぞれ個別にチームを組んで挑んだんだ。勇者チームが4人、魔王チームが4人、剣聖チームが6人だ。死亡者こそ出なかったが、勇者魔王剣聖以外は、複雑骨折や上肢や下肢の切断など重傷だ。勇者魔王剣聖の3人も相当無理をしたせいで心身ともにこたえたようで、今はモンスターと戦える状態とは言えない。頑張ってくれた彼らには、本当に申し訳ないと思っているよ」


 今井は努めて表情と雰囲気を暗くしながら、薫に国会議事堂解放作戦の顛末を語った。日本人は、道徳教育などでお人好しに育っているため、同情を引く作戦に出た今井である。


「イヌ……狼じゃなくてイヌっころに敗北って、どれだけ弱いんだよ。本当にイヌのモンスターに惨敗したの?」


 薫は、自称勇者たちがあまりにお粗末すぎて、今井補佐官に素で聞き返してしまった。


「人型のイヌに見えたよ。これは機密事項なんだけど、彼らが戦った動画があるから、見てみるかい?」

「そうですね。両親から許可が出るかどうか分りませんが、見せて下さい」


 それから、スマホで勇者たちがダンジョン突入から撤退までの動画を見た薫の感想は、「こいつら、よわっ」だった。

 薫は、思ったままを口にしただけだが、薫の言葉を看過できない者がいた。


「彼らは立派に戦ってくれたんだ。馬鹿にしないで欲しい」


 自衛隊の服装に身を包んだ見るからに筋骨隆々で長身の男が、薫に抗議した。残念ながら、男は強面ではなった。

 薫は馬鹿にしたつもりはないが、人によって受け取り方は様々なので、取り敢えず謝罪した。


「済みません。馬鹿にする価値もないほど弱かったもので、つい本音が出てしまって。お詫びに、彼らにお見舞いの品を用意するので、届けて下さい」


 自衛官は拳を握りしめプルプルしていたが、薫がお見舞い品を口にした事で、なんとかこらえたようだ。

 薫は、何もない空間をポチポチし始めた。すると、薫の周囲に栄養ドリンクサイズの小瓶が複数出現した。

 薫の周囲にいる連中は、何もない虚空から物が現れるのをみて、驚愕していた。彼らは、情報として知ってはいても、実際に己の目で見るのは、これが初めてだったからだ。


「これは、飲める傷薬です。飲んでも患部に掛けても傷が治る優れもの。ただし、微・小・中・大・特・極の6ランクがあって、ランクが上がるほど効果も価格も上がります。部位欠損者がいるみたいだから、奮発して飲める傷薬(特)を3本。飲める傷薬(大)を8本。特はチーム毎に1本、大は、勇者チームへ2本、魔王チームへ2本、剣聖チームに4本を渡して下さい。ちなみに、部位欠損が治るのは特です」


 薫の説明に彼らは、目の玉が飛び出しそうなほど大きく目を見開いた。またもや、彼らは絶句している。

 そんな中、今井補佐官はいち早く立ち直ると、薫に質問してきた。


「薫君、貴重な物をありがとう。それで、教えて欲しいのだが、これらの価格は如何ほどなのかな?」

「特が1本5万SP、大が1本5千SP、しめて合計19万SPですね。本来なら、190万SPなのでこんな事はしませんよ。まあ、単なるお見舞いというよりも、彼らがこれからダンジョン討伐を頑張ってくれるための先行投資です」

「! これがあれば、彼らの失った腕や足が治るのかい?」

「特で2ヶ所まで部位欠損を回復できる……メイビー。実際に確かめてはいないので、説明を信じるしかないですね。胴体に穴が開いても、ショック死さえしてなければ塞がるみたいですが、試す気はないので」

「ああ……うん。そこは激しく同意するよ。お見舞い品の提供に感謝します」


 今井補佐官は、右手を差し出し薫に握手を求めてきたが、薫は握り返さなかった。


「握手は、両親の判断次第にしましょうか、今井さん」

「そうかい? 残念だが仕方ないね」


 そう言うと、今井はあっさりと引き下がる事にした。

 しかし、別の人間が薫に薬の提供は出来ないかと、聞いてきた。

 薫の返答は、ノーだった。本来の価格の2倍以上払えば、帰ってくる4人の内の誰かが売ってくれるかも知れないと言って。

 死者蘇生薬のような奇跡の結晶みたい物は、販売自体されていない事も付け加えて。

 しかし、部位欠損が治ること自体が奇跡だと思っている連中ばかりであり、薫は自分の発言がズレている事に気が付かなかった。

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