第32話

 薫は未だに如月家の敷地内に残っている者たちへ向けて、声を掛ける事にした。

 家の中に戻ってから、また外へと呼び出されるのは面倒だからだ。


「皆さんは、どんな要件があって残ってるんですか? 家族は出払ってるんで、両親に用事があるのなら、僕が伝言しますよ」


 すると、数名が薫に近づいてきた。薫まであと2mの距離まで近づいた彼らは立ち止まると、それぞれが懐から何かを取り出し見せ合った。

 どうやら彼らの間で、力関係の確認と順番決めが行われたようである。序列は決まったようだが、得意気にしたり見下したり悔しがったり等の表情はせず、互いに大人の対応で握手を交わしている。

 薫は、「そういうのは最初に済ませといてくれ」と、思っていたりする。否、実際には呟いていた。


 序列1位になったと思われる男性が、薫の前へと進み出てきた。彼は、目下の薫に軽く頭を下げて礼をしてから、話しかけてきた。


「初めまして、如月薫くんだね。私は、総理補佐官の今井いまい 洋人ひろとと言う者です。こちらへ伺った理由はお判りとは思いますが、迷宮化防止結界の件です」


 今井と名乗った男性は、薫に名刺を渡してきた。

「どうも」と、受取った薫は名刺を確認する。名刺には確かに、内閣総理大臣補佐官 今井洋人 と印刷してある。

 鑑定スキルを使用したので、相手が氏名を偽っていない事は確認できた薫である。


 総理大臣の名前くらいなら知っているが、補佐官の名前なんて知らない薫である。おそらく関係者以外で名前を知っている人間なんて国民の半分もいないだろうと、かなり失礼な事を薫は思った。思っただけで口にする事のない薫は、常識が働いたようだ。


 薫が名刺を見てそんなことを考えていると、今井洋人が口を開く。


「如月薫君には、迷宮化防止結界の種類と詳しい効果の説明及び、販売と国会議事堂の解放を依頼しに伺いました」

「政府からの発表は、モンスター発生以降ありませんけど? うちに来るよりも、そちらの方が先じゃないんですか?」

「それを言われると辛いですね。ここだけの話ですよ。生憎と総理や官房長官といった全ての大臣や副大臣とのコンタクトが未だに取れないのです。君がSNSにあげた情報を信じるなら、国会議事堂はダンジョンとなっていると思われます。ですが、警察や自衛隊を投入しても死傷者や行方不明者が増えるだけで、解決に至る道が全く見えないのです」

「それでしたら、剣聖、勇者、魔王なんて人がいるみたいですよ。その人たちに協力を依頼した方が良いんじゃないですか?」

「勿論、彼らにも頼みました。ただ、全員が突入して30分もせずに負傷撤退してしまいまして」


 冗談で言った薫であるが、まさか連中が敗北していたとは、予想できなかった。特に、剣聖教とか馬鹿げた事をやり始めた自称剣聖が、政府へ協力していたことにはかなり驚いた。


「え~~~~。そんな危険な場所に高校生の僕が行くんですか?」

「あっ……他に手段が思い浮かばなくて、申し訳ないのですが、ご協力いただけませんか?」

「うーん。国会議事堂の件は、迷宮攻略はしません。安全第一が僕のモットーですから。でも家族の許可が下りれば、相応の報酬で人命救助には手を貸しましょう。なので、家族がダンジョン討伐から戻ってから改めて話をしましょう。取りあえずは、迷宮化防止結界の説明をしましょうか。他の方も一緒に聞かれますか?」


 薫が国会議事堂の攻略をしないと言った時の今井補佐官は、がっくりと項垂うなだれ落ち込んだが、続く言葉に目を丸くして表情を明るくした。


 本当は、武彦たちとすぐにでも連絡を取る事が出来る薫であるが、そのことを彼らに教える気は、今のところ無いようだ。


 薫は音声拡張スキルを発動して、離れてこちらを伺う連中へと呼びかけた。薫は、どうせ説明するなら一緒に済ませた方が楽だと、思っただけである。


「あの、ご家族がダンジョン討伐をしていると、聞こえたのですが?」


 薫の呼びかけで駆け寄ってきた者の中から、一人の女性が薫に質問というていで確認をしてきた。

 他の者も答えが気になるのか、全員が静かに薫を注視している。


「やってますよ。個人宅規模のダンジョンですけど、今日で3日目かな。昨日までにダンジョンを10討伐してます。今日は、昨日より強いモンスターが出現するダンジョンに挑んでいるので、いつ戻ってくるかは、僕にも判りません」


 薫が話し終わると、小さいながらも密密ひそひそと呟くような会話が交わされる。


「ほんとなのか」「10ヵ所も討伐」「信じられない」「まさか、家族が強力な能力者なのか?」「家族なんじゃないか」


 レベルアップの恩恵により、5感も鋭くなっている薫には、彼らの密密話も丸聞こえである。

 薫には、彼らが落ち着くまで待つ気はないので、迷宮化防止結界の説明を始める事にした。


「それじゃ、説明しますね」


 そういって薫は、迷宮化防止結界(小)をポケットから取り出したように偽装して自分の掌の上に取り出し、彼らに見えるように上へ掲げた。

 またもや密密話を始めようとする連中を無視して、薫は説明する。


「ご存じの方もいるみたいですが。これが迷宮化防止結界(小)です。期間限定の今だけは、1万SP、日本円で100万円で購入できます。本来ならば、10万SP、1千万円でないと購入できません。効果は、設置した場所から20m以内はダンジョン化しないことです。なお、設置エリアが被った場合、後付けの方が消滅するのを確認しています。設置エリア内に出現していたダンジョンは、そのまま残ります。エリア内で討伐すれば、ダンジョン化はしません。エリア外は、運に左右されますが、討伐したその日のうちに、再びダンジョン化する事もありますので、現状では屋外でのキャンプ生活が安全かと」


「そんな理不尽な」「折角討伐しても」「討伐しなれてる感が」

「再ダンジョン化なんて」「やはり、SPとやらが必要なのか」


 薫の説明に、場がヒソヒソからザワザワとし始める。しかし、薫的には、我慢できる程度の声であるため、そのまま説明を進めることにしたようだ。


「迷宮化防止結界には、小・中・大・特・極と、5つランクがあります。中の効果は、半径100m以内はダンジョン化しない。コストは100万SP必要で日本円なら1億円ですね」


 薫が説明していると、挙手する者がいる。

 薫はなんだろうと思って、「どうかしました?」と、尋ねた。

 すると、薫に声を掛けられた男性が質問してきた。


「説明中の発言、失礼する。その、1億円というのは、限定期間が過ぎれば10億円になるのかね?」

「いえ、期間限定というか元の価格で話しているので、今なら10万SP、つまり1千万ですね。面倒なので、以後も元の価格で説明します」


 薫がそういうと、皆が一様に頷いた。


「大の効果は、半径500m以内はダンジョン化しない。5千万SPで日本円なら、なんと50億円! 特の効果は、半径2km以内はダンジョン化しない。こちらは、驚愕の20億SP掛かりまして、円換算なら2千億円が必要です。そして極の効果ですが……名前の通り半径10kmと桁違いです。ちなみに、1000億SPもするとんでもない価格です。日本円に換算するならば10兆円です。迷宮化防止結界については、こんなところです」


 ――!!


 薫が説明を終えると、口を開けて絶句している者、目を丸くして驚愕している者、ブツブツ呟く者と、多彩な反応を示している。

 どうやら、最後の10兆円が想像以上に、彼らに衝撃を齎したようである。

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