第31話

 近づいてくる点は、おそらく如月家が目的地だろうと直感した薫は、階段を上るのを諦めて、リビングで待つことにした。


 自宅の敷地内で騒ぐ者がいたら、1度だけ警告し処分する事を、改めて決意した薫であった。

 そこで、立札を作ろうと閃いた薫。


 ”敷地内に無断で侵入した者は、生殺与奪の権利をこちらへ委ねる事に同意したと受け取る”、”家の前で無暗に騒いだ者は宣戦布告と見なし消す”と、分厚い鋼板に彫ってから劣化しないように魔道具でコーティングを施した。字面の殺すか消すかで少しだけ迷った薫であったが、消すに決めた。死体も残さないという意味では、消すという表現が正に適当であった。


 彫りに使用したのは迷宮核の宝箱(小)から出た魔道具で、鋼板は20SP、コーティングに使用した魔道具は100SPで購入したものだ。

 薫は、さっそく完成した物を門扉の近くに固定すると、リビングへと戻った。

 如月家に近づいてくる点で、一番近い反応だと残り100mを切っている。


 5分ほど経過すると、家の前には無数の点が群がっている状態になった。どうやら薫の立札は、立派に機能を果たしている様で、敷地内へ侵入してくる者は皆無であった。


 だが、赤い点が1つ侵入すると続くように赤と緑が次々に侵入してきた。そして、来訪者を告げる音が室内に響いてきた。


「ちっ、めんどくさっ」


 薫は、やれやれといった感じでソファーから立ちあがると、玄関へと向かう。薫には、居留守を使う気持ちはないようだ。正直者か。

 流石に警告を無視して、怒鳴ったり叫んだりする者は、居ないようだ。モンスターが現れる前や薫の上げた動画を知らない者であれば、反発を覚え逆に騒ぐ者がいたかもしれないが、わざわざ如月家を訪れた者たちだ。無視することなど出来なかった様だ。


 薫が玄関のドアを開くと、大勢の人が道路まで溢れている。中にはスマホで撮影している者も複数いる。

 薫の正面には、険しい表情をした50代くらいの男性が腕組みをして立っているが、そっちは無視して撮影している者が手にしているモノをすべて破壊した。


「僕の許可も取らないで、勝手に撮影しないで欲しいな! 次は本人の命を消すから」


 薫はスキル改造スキルで空間拡張スキルと空間収縮スキルを同時に複数行使できるようにしていた。なお、サイズはランク3になった時に、2m以内の大きさならば思いのままに操れる。

 薫の当初の目的としては、自身の周りにバリアとして使用しようと思っての事であったが、予想外に使い勝手が良いようである。

 撮影機器を失った者だけでなく、大半の者が一瞬で行われた信じ難い光景に息をのむ。

 そんな中、薫は目の前の男性に問いかける。この人物が一体何者なのか。薫は鑑定スキルをすでに使用しているので、彼の正体が分かっている。


うちになにか?」


 不機嫌を隠そうともせず、低い声で短く問いかける薫に、腕組みをしていた男性は、ハッと我に返ると再び険しい表情になり、言葉を発した。


「この化け物が。うちの子を返せ!」

「何言っての? バカなの? 死ぬの? その前にさ、お前らの愚息どもが集団で1人を殺そうとした事について、被害者である僕へ謝罪するのが筋だよね? 手ぶらとか、非常識過ぎると思うんだけど」


 薫は笑みを浮かべ小馬鹿にするように、目の前の男性とその両脇、すぐ後方に控える人物たちをみた。

 高校生である少年の嫌悪と嘲りの籠った視線と言葉を受けた者たちは、一瞬だけ呆けたが、すぐに怒りが上回ったのか、罵詈雑言で返してきた。


「ふざけるなぁ、この人殺しがっ!」

「化け物が人間様に謝罪しろだと。最愛の息子を殺しておいて、どの口でほざく」

「あんたの命をもって償いなさいよ。いますぐ、ここで、死になさいよぉぉぉぉぉぉ」

「バインド」


 薫は、全員の言葉を聞くつもりは更々ないので、支援魔法の拘束を使って、元クラスメートたちの親たちを、口も利けず身動きさえ出来ない状態にした。


「やっぱり、ゴミの親もゴミだったか。知ってるとは思うけどさ、死ぬ前にどちらが先に手を出したか、再確認させてあげる。理解する必要はないし、理解するのを待つ気もない。短い動画だし、終わったらあいつらと同じ地獄へ送ってやるよ」


 薫は、音声拡張スキルを発動して、集まっている人々にも聞こえるように話す。

 怒りと驚愕と怖れが混じった表情をして固まっている者たちへ、ポケットから取り出したようにスマホを掲げた薫は、ある動画を再生した。

 動画の再生はすぐに終了した。元クラスメートたちの親たちは、涙を流しながらも怒りの表情だ。


「お前たちは、集団でたった1人を殺そうとした、卑怯者で愚鈍なクズたちを育てた蒙昧な親だ。しかも、被害者に謝罪するどころか責任転嫁をしての罵詈雑言とか、人として恥ずかしくないの? 警告の立札も読んだよね? 日本語で彫ったからさ、読めなかったなんて言い訳は聞かないよ。これからは、お前たちのように悪意や害意を持ち僕に直接絡んでくる輩には容赦しない。ってことで、ゴミは消えろ」


 薫の長い言葉が終ると同時に、動画に映っていた者と同じように、10名ほどの男女が如月家の敷地内から消え去った。


 ――キャアァァァァァァァァ

 ――うわぁ、逃げろ。消されるぞぉぉぉ

 ――いやっ、消えたくないぃぃぃぃ


 ザワザワから、悲鳴が上がるほど騒然となった如月家の玄関前。常ならば多人数のマジックを疑うところであるが、ほんの数日前にこの世界は変わってしまったのだ。目の前で本当に人が消える事実を目の当たりにした者たちは、一斉に脱兎の如く逃げ出した。


「勝手に他人ひとの家にきて騒がないでくれる? 消すよ? 用がないなら静かに帰ってくれない?」


 薫は笑顔で、音声拡張スキルと一緒に、軽く威圧スキルを発動した。赤い点緑の点と区別なく、如月家から我先にと逃げる多くの人々。

 そんな中、難しい表情をしたまま、敷地内に残っている者もかなりの数がいた。鑑定スキルを使用しても、旧人類の職業は表示されないので、氏名と年齢くらいしか知る事が出来ず、本人が偽名を使っている場合しか役に立たない。

 とはいえ、服装で職業がわかる人物もいる。警察官や自衛隊といった連中だ。彼らは、目の前で人が数名消えても行動に移す事はしなかった。

 そんな彼らに薫が思ったことは、職務怠慢じゃね? であった。

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