第26話
4月12日
世界にモンスターが出現し始めてから3日目。
この日、如月薫は、家族とは別行動を取っている。
3人の家族と春香は、人が住まなくなった戸建ダンジョンを攻略しに行っている。春香の赤ん坊は、[安らぎのコテージ]内である。
使用者と許可を受けた者には、中にいる赤ん坊の鳴き声が聞こえるので、いつでも対処が出来るし、安全であるからだ。なお、何処に設置したかというと、薫の父親である武彦の左肩である。設置スペースが必要なのであって、設置後に土台が動こうとも[安らぎのコテージ]内は、一切影響を受けない神仕様であった。武彦が中で休憩したい場合は、設置を一度解除しなければならないので、中に残っている者は強制的に排出される。その時は、当然母親の春香が娘を連れ出すことになっている。
薫は、自分の部屋でベッドに寝転がりながら、自宅から近い順に閉店している店舗から、残っている商品で使えそうな物を物色している。壊れている物を集める気は、流石の薫にも無いようだ。
なお、薫は自身の空間収納スキルの能力を忘れているらしく、本来なら自宅から5kmも離れた場所にある物を取り込めないことに気付いていない。薫の空間収納スキルは、薫の職業ランクが上がるにつれ出し入れ可能な距離が10倍ずつ増えているのだ。つまり、現在の薫は半径100kmの範囲で出し入れ可能となっているのだ。
本や雑誌などは、10冊や10部ずつ確保し、それ以上同じ物は売却している。SNSで見かけた情報だと、この状態が続くか悪化すれば、娯楽や知識が極端に失われるらしいので、取り敢えず確保しているのだ。
薫の考えは、知識の保護というよりも、己の娯楽のためであるのだが。このような状況が続くのならば、娯楽などを楽しむ暇など普通はないだろうが、薫は自分ならば十分な余暇があるだろうと思っている。
家電製品は、かなり取り残されてるが、食料品は生鮮から保存が可能な物までほぼほぼ無くなっている。モンスターのいるダンジョン化した場所も、モンスターが漁っているようで殆ど残っていない状態である。
それでも、無事な寝具や衣料品や小物雑貨に至るまで、薫は根こそぎ回収していく。
ダンジョンコアやモンスターは、無視している薫である。
後日、従魔たちの訓練用に放置するらしい。
回収していると、一般人と思しき火事場泥棒が、モンスターに追い駆けられたり捕まったり捕食されている場面を何度か見かけたが、特に助けたりはしない薫であった。自らリスクを冒してきた人間を、助ける気は皆無な薫である。さらに、全状態異常耐性を100%にした薫は、グロい光景を見ても
そんな事を続けていたら、半透明のモンスターを発見した。ゴースト系という奴だろうか? 薫はモンスターの鑑定を行った。
名無し(0)
【種族】 幽霊
【Lv】 24
【職業】 ファントムランク3
【状態】 健康
・HP 0/0
・MP 14250/14250
・腕力 0
・頑丈 0
・器用 2560
・俊敏 1550
・賢力 3930
・精神力 3960
・運 1840
【スキル】
・生吸収レベル3 ・麻痺する吐息
【固有スキル】
・霊体レベル3
薫は驚いた。
まさか、HPがないモンスターがいるとは、夢にも思わなかったのだ。
「ゲームだと、HPがあるのになぁ」と、一人呟く薫。
ゲームではなく現実だからと、この場に薫の独り言へ突っ込む者はいない。しかも、スキルや魔法があるのだから、HPがなくても存在しているモノを認めるしかない薫であった。
幽霊という不思議な存在を認めた薫は、当然のごとく相手に興味が湧いてきた。幽霊に興味を抱いた薫は、自身の空間系スキルで倒せるのかを試してみる事にした。
何しろ相手にはHPがないのだから、倒せる存在かどうかはとても気になる。
まずは、幽霊を観察してみることにした薫である。問答無用で空間系スキルを使うことは、流石に控えたようだ。
幽霊は、ふわふわと浮遊しているかと思えば、急にスーーッと水平に移動したり壁の中へ出たり入ったりと、結構動き回る。
見た目も、男性タイプと女性タイプ、老若男女とかなりバリエーションがある。
言葉は聞こえないが、会話する素振りを見せる幽霊。
幽霊自身の輪郭が淡く明滅しているため半透明に見えるのか? と、一瞬思った薫であった。
しかし、大きなガラス窓から差し込む陽光下でも、透けて見えるのだから、明滅は関係ないと解した薫である。
ダンジョン化しているためなのか、単にモンスターだからなのかは分からないが、ファントムは太陽光の下でも活動できる事が解った。
幽霊を観察し終えた薫は、空間収縮を幽霊の体の中心に向けて発動した。
いつものごとく空間ごと幽霊の姿が歪んでいき、対象の幽霊は消滅した。
結果は、余裕で倒せた。
ちょっとだけ不安だった薫は、消滅し魔石をドロップした結果に安堵したものの、消滅時の幽霊の表情が妙にリアルであったため、顔を顰めた。今まで薫が倒してきたモンスターは、見るからに怪物と呼べるもので人間らしさは皆無だった。しかし、幽霊の見た目は人間であり表情豊かであるのだ……姿が透けたりするけど。だから、自分に危害を加えていない相手を殺したことを、妙に実感した薫であった。
相手はモンスターといえど、人の表情を持つモンスターを倒すのは面倒だなと、薫は思った。
その後は、幽霊を倒すようなことはせず、物品の収集を続けた薫であった。
昼になり、お腹が空いた薫は、売買システムから特上お寿司を購入して食べていた。わずか5SPで購入したとは思えない品質と量であったため、従魔3体も一緒になって満喫していた。
すると、インターホンが来客を知らせる。
赤の点が玄関前に6つ。まさかモンスターが徘徊するようになったのかと、焦る薫。
千里眼で確かめると、それは中学時代の同級生たちだった。
昨日は、その同級生たちからの連絡をすべて無視していた薫である。そもそも、自分たちから薫を拒絶したくせに、昨日から嫌がらせのごとくメールラッシュだ。だから昨晩、全員を拒否設定に変更していた。
面倒だなと思いつつも、薫は玄関へと移動した。
ドアを開けるとそこには、見知った顔が6つあった。その内1人は、携帯を構えていた。
どうやら、録画でもしているようだ。
「今更何の用だ。お前らが屑だって証拠はちゃんと残ってるぞ」
薫は6人全員をゆっくりと睨みながら、挑発するような言葉を吐いた。
「確認に来たんだよ。SNSじゃ、ニューオーダーとか、ふざけた連中がいるらしいからな」
薫の真正面にいた、細身の金髪男が手を差し出すような仕草で、薫の腹にナイフを突き入れようとした。録画要員以外は、全員がナイフを手にしている。
薫には、金髪男の動きが超スローで完全に見て取れる。金髪男の右手に握られているのは、折り畳みナイフでも同年代にポピュラーなバタフライナイフである。
普通ならば、恐怖で体が硬直ないし体の動きが鈍ったり、突発事態に思考が止まったりするものだが、今の薫にはその様な影響は欠片もない。
従魔のレベルが上がり、気になった薫は従魔たちの頑丈さを確かめた時のこと、薫の腕力と従魔たちの頑丈の差が開き過ぎているので、薫に本気で殴られたとしても痛くも痒くもないと言われたのだ。実際、薫は本気で思いっ切り拳をタマたちのお腹に叩き込んだのだが、鼻で笑われた。薫は、美少女でも本気で殴れるようだ。
では、現在の状況はどうだろうか?
彼我の戦力差は明らかである。避けるなんて無駄な行動をする気が起きない薫であった。薫の身に着けている服にしても、現代社会では作成できない物である。
それ故、ナイフは薫どころか薫のシャツさえも、傷つける事は出来なかった。
「へへっ。 ――なんで刺さらねえ!?」
驚愕の表情を浮かべる来訪者たち。
そんな中、薫はスマホを弄りながら声を出す。
「僕も録画してるんだよ。で、今な、110番通報してるけど、サツ出ないわ。ってことで、凶悪犯を世に解き放つのを善しとしない僕は、この場でお前たちを消す。 ――空間収縮」
満面の笑顔で薫が口にした言葉に、総毛だつ6人。
つい先日までは、今し方薫が口にした言葉は、笑える中二病発言だった。しかし、突如世界中にモンスターが現れ、そのモンスターに対抗できる存在もまた現れた。新人族やニューオーダーと呼ばれる者たちだ。
新人族は、超常の力を持ち夢物語の魔法さえも使い、モンスターを倒すらしい。それが、薫を襲撃してきた彼らの知識である。
だからこそ、彼らは薫の言葉を笑えなかったし笑顔の薫が口にした言葉を、とても恐ろしく感じた。事実、ナイフは薫に刺さるどころか薫の服さえも傷つけることが出来ていない。
自分たちは今、死神の鎌を首元に宛がわれていることを理解し、すぐに赦しを請わねば死が待っている事を理解した。
だが、彼らは助けを口にする暇もなく、痛みを感じる事もなく、すぐにこの世から消え去った。
薫にとって、他者をナイフで刺す(薫には刺さらなかった)ことは、逆に殺されても当然の行為であるようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます