第19話

  ◇◇◇ 某ショッピングモール


 最初に辿り着いたショッピングモールは、戦場であった。

 モンスターはいないが、人々が争いながら商品を奪い合っていたのだ。人間、考える事は大体同じようだ。


 いや、如月一家のように、きちんと買い物に来た客もいたのかもしないが、今や暴力と略奪の場でしかなかった。

 自動ドアが破壊されている時点で、今日は営業していないのかもしれない。


「酷いなぁ。予想よりも状況悪化が早いな」

「親父、こうなる事を予想してたのか?」


 父親が顔を顰めながら呟いた言葉に、春人が反応し問いかける。父親は、「まあ、これくらいはな」と、答えを返した。


「仕方ないと思うわ。私たちは、能力を手に入れて装備もSPもあるから心に余裕があるのよ。何も持っていなかったとしたら、同じ事をしていた可能性も捨てきれないわ」

「そうかもしれないな」

「そうかあ?」

「たらればよりさ、どうするの? ここで略奪に加わるの? それとも、別の場所を探してみる? 僕が能力を使えば、このまま簡単に収納できるけど、どうする?」


 薫にとっては、善も悪も関係ないようだ。

 ここまで来たのだから、目的の物を手に入れるか入れないかの選択を、家族に迫る。

 お金を払う気は、薫には全く無いようである。


「兄貴の能力って反則過ぎだよ。大体さ、千里眼スキルって800P掛かるんだけど?」

「父さんの場合だと、千里眼スキルは900P必要ってなってたぞ」

「2人ともそんなに必要なの? 母さんの場合は、600Pだったわよ」

「へえー、職業によっては習得自体が出来ないみたいだから。覚えるどうかはお好みで。それで、どうするの?」


 春人の話題に乗って答えを先送りにした両親へ、薫が回答を迫る。

 実は薫、下着売り場で自分用を確保しているのだが、家族には内緒にするようだ。


「取り敢えず、自分用の下着は確保できた」


 なんと、隠す気はなかった薫だった。


「え~~、ずるいぞ兄貴」

「別に下着に限らず、いざとなったら売買システムで買えば良いだろ。ここにあるATMはっ壊されてるし。店員がいないからカードも無理。電子決済も無理っぽい」

「兄貴、俺の分も確保して下さい」


 実際には、下着売り場の成人男性用と成人女性用の大半を、空間収納に確保した薫である。


 春人と薫の会話を、両親は何も言わずに聞いていた。


 そこへ、車の窓をコンコンと叩いてくる者がいた。


 胸元部分が大きく肌蹴られ、下着が露わになった20歳前後の女性である。女性の腕には、赤ん坊が抱えられていた。


 その女性の肩を掴み、後ろへ引っ張る者が現れた。

 スキンヘッドに龍の刺青をした、大男である。


 スキンヘッドは、女性の腰に腕を回して片腕で抱き上げると、立ち去ろうとする。

 スキンヘッドに捕まった女性は、泣き喚きながら周囲に助けを請う。


 如月武彦は、静かに自家用車から降りると、「すぐ戻る」と言い残してスキンヘッドを追いかけた。


「ありゃ、父さん相当怒ってるね」

「でもさ、親父大丈夫かな? あの禿すげームキムキだったけど」

「心配いらないわよ。父さんは見た目よりとても強くなってるから」


 薫の言葉に、春人と母親が言葉を紡ぐ。

 春人以外、父親の心配はしていない。



 「すぐ戻る」との言葉通り、如月武彦はすぐに戻ってきた。

 先程の子持ち女性を伴って。

 さっきのスキンヘッドは、10mほど離れた場所で地面に横たわっている。

 車内から見る限り、気絶しているのだろう……多分。



 薫は車外へと出ると、「お姉さん、これを。赤ちゃんを預かります」と、震えている女性へハーフコートを差し出した。


 それは、目の前にあるショッピングモール内で手に入れたものである。当然タグなどは、空間収納から出す時に外している。


 母親と春人も車外へと出てきた。

 薫は赤ちゃんを母親に預ける。力加減を間違えて、壊してしまいそうで怖かったからだ。


 ハーフコートを羽織った女性が、「助かりました、ありがとうございます」と、涙を流しながら感謝の言葉を述べる。


 そこへ薫が「これもどうぞ。少しは気分が落ち着きますよ」といって、ホットココアを渡す。薫にしては、親切すぎる。


「……いただきます」



 如月一家は、女性が落ち着くまで待ってから話を聞くことにした。


 彼女はシングルマザーで、SNSの情報で物価が上がるという噂を信じてしまい、赤ちゃん用品を確保する為に、このショッピングモールに来たのだという。

 両親はすでになく、相手の男は妊娠発覚と同時に蒸発。兄弟もなく親戚とは疎遠で仲も良くないという。全く頼れる者がいないらしい。

 務めていた会社も、2か月ほど前に病気で休んだために解雇されたという。

 生活費に余裕のない彼女は、商品が高くなる前に急いでやって来たものの、半暴徒と化した連中相手に気後れして、状況が収まるまで待つ間、車内で赤ちゃんに母乳をあげていたらしい。

 そこへ、あのスキンヘッドがやってきて、いきなり襲われたという。

 なんとも不幸な……いや、これからこういう事例が増えていくのだろうか? と、如月一家は思った。



「これからどうするの? 警察は来ないと思うし」


 薫の言葉は、両親への言葉だ。女性への言葉でないのは、彼女も察したようである。空気を読める民族か。

 または、単に恐縮しているのか、自分から意見するよりも、世話を焼いて貰えるかも知れないという願望があるのかも知れない。


「は? どうして兄貴にそんな事がわかんだよ?」

「ATMやCDが壊されて、店も略奪騒ぎなのに来てないだろ。僕たちがここにきて、もう15分は経ってるからね。騒ぎはその前から起きてるようだし」

「そっか、さすが兄貴」


 薫は、春人を生暖かい目で見ることなく、微笑むに留めた。


「はるかさん、赤ちゃん用品だけならドラッグストア単体店の方が良くない?」

「え? はっ、そうですね。近くに何件かあるので回ってみます」


 母親の言葉に、はるかと呼ばれた女性が答える。

 はるかと言うのは、父親が助けたシングルマザーの名前である。


「はるかさん、ちょっと待って。あなたさえよければ、この状況が落ち着くまで、私たちと一緒に暮らさない?」

「お前、いきなり何を」

「母ちゃん、何言ってんの」


 突然の母親の爆弾発言に、父親と春人が驚きの声を上げる。

 声をかけられたはるかも、驚きすぎて反応が出来ない有様だ。


 母親は、薫に目を向け、じーっと見つめる。


 薫は参りましたと、両手をあげて降参のポーズをして苦笑した。

 2人のやり取りに、残された3人は首を傾げるばかり。


「そうだね。はるかさんさえ良ければ、母さんの意見に賛成するよ。だって彼女は、資格があるからね」

「やっぱりね。薫が他人の世話を焼くのは、珍しかったもの」

「おお、なるほど。資格がある」

「資格?……まじだ!」

「あのぅ? 資格ってなんですか?」


 1人だけ内容が理解出来ていないはるかが、戸惑いながらも如月一家に問いかける。


「あら、ごめんさないね。はるかさん、あなたウイルスに罹患したことあるでしょう」

「罹患ってなんです?」

ウイルスに感染したことあるんでしょう?」

「感染! はい。あれが原因で、解雇されました」


 はるかは、恥ずかしそうにやや俯いて答えた。


「母さん、それ以上は」


 薫の鋭い視線と言葉に、母親が溜息を洩らした。


「そうね。はるかさん、もう一度聞くわ。あなたさえよければ、この状況が落ち着くまで、私たちと一緒に暮らさない? 住居のは保障できるわよ」


 如月美玖は真剣に、だが優しく、はるかに語りかけた。ある部分を強調して。

 対するはるかも、自分が重要な選択を迫られている事を感じた。

 ここでの回答を誤れば、自分だけでなく我が子まで失うことになるだろうと、強く感じた。


 はるかは必死に考える。

 何やら、人に公言できない秘密があるらしい一家。

 悪い人たちではないだろう。

 実際、暴漢に襲われて助けを求めた時に、助けてくれたのはこの一家だけだった。

 はるかは、これまでかなりの人に騙されてきた。

 子を持つからには、今までよりも慎重に行動しようと、半年前に誓ったのだ。

 悲しいかな、知識が足りなくて一方的な解雇も受け入れてしまうような状態ではあるが。

 さらに、無職になったはるかへ大家から、今月中に職が決まらなければ退去してもらうと、一方的な通告も受けている。

 答えを出せず、かなり悩んでいるはるかの耳に赤ん坊の声が聞こえた。

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