第18話

 4月11日


 日本に、否、世界中にモンスターが現れた翌日。

 薫は久しぶりに自宅のベッドから起床した。


「ふぁ~~~ぁ、良く寝たー。睡眠導入剤って凄い効果があるんだな」


 昨夜、3人娘に興奮した薫は、【預り】に3人を預けた後もすぐには興奮が治まらず、売買システムで睡眠導入剤を購入したのだ。


 初めての眠剤は、薫にとって効果覿面であったようだ。


 これを一般人に数倍の値段で売れば、かなりぼろ儲けできるのだが、薫にはそんな発想は浮かばなかった。薬機法、そんなの知らない薫である。

 薫は、無用なトラブルを回避したようだ。


 ダンジョンコアで稼げると思っている薫にとって、金策はダンジョンコア一択となっているようだ。



 着替えた薫は、1階へと降りる。


「おはよう」

「おはよう」

「おはよう。悪いけど薫、春人を起こして来て」

「ほーい」



 薫が挨拶の言葉を発すると、父親と母親が言葉を返してきた。

 父親は、テレビを点けたままスマホを弄っている。朝刊は届いていないそうだ。

 母親は、料理をし終わったらしくキッチンで配膳を始めている。


 薫は、洗面台で顔を洗い口を漱ぐと、2階の春人の部屋を目指した。


 春人の部屋のドアをコンコンと軽く叩くと、中から春人が出てきた。春人にしては珍しく起きていた。


「はよっす、兄貴」

「おはよう。眼の下の隈がすごいぞ」

「しかたないだろ、ワクワクしてんだから」

「わくわくって、今日は買い物だぞ?」

「でもさ、モンスターが出るかもしれないじゃん」

「……下に行くぞ。父さん達が待ってる」

「はいはい」


 1階では、テーブルにご飯とパンとみそ汁と、コーンスープと焼き魚とベーコンエッグなどが並んでいる。


 父親は和食派で、母親は洋食派なのだ。薫と春人も、朝は洋食派だったりする。

 春人も席に着いたところで、朝食が始まる。


「食べながら聞きなさい」


 父親の言葉に、一度顔を向けたあとに、みんな無言で頷き返す。

 それを確認した父親は、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「テレビの情報だと、重軽傷者・死者・連絡の取れない者が多数となっている。数が多過ぎるせいか、警察も把握出来ていないそうだ」

「まだ1日も経っていないのに、大事おおごとだね」


 薫の言葉に、全員が頷く。


「それでネットの情報だが、ウイルス感染者が能力者に成れるのでは? なんて噂があるようだ」


 ――!!


 父親の話した情報を耳にした3人の表情には、緊張が浮かび上がる。誰かの唾を飲み込む音が、薫は聞こえた気がした。


「面倒な事にならないと良いわね」

「そこまで深刻に考えなくても良いんじゃない。この県だけでも感染者は数百人なんだし、いまだに感染者は増えてるし。仮に何かを頼まれても、適正な報酬を提供されなければ、拒否すればいいじゃん」


 薫の言葉に、両親と弟は口をぽかんと開けている。

 いち早く立ち直った父親が、口を開く。


「薫もいつの間にか、そんな考えが出来るようになっていたんだな。人情は薄いが、こんな世の中だ。父さんは賛成だぞ」

「ちょっと、あなた。でも、最初はお願い程度だったものが、そのうち強制されたりする可能性もあるかも知れないわね」

「うむ。対価を前払いでなら請け負うとか、しっかり対応を考えないといけないな。だが、まずは長期保存がきく食料品の確保が最優先だ。あとは、日用品だな。商品があるかどうか分らないから、さっさと食事をすませて、店を回るぞ」


 食料品だろうが日用品だろうが売買システムで購入できる。だがしかし、せっかく現金があるのだから現金で購入できる物は、現金で購入できるうちに購入する事に決まった。

 両親が今日の方針をさっさと決め、全員が朝食を手早く済ませる。




 薫たちは、父親の運転する軽自動車で大手のショッピングモールへと向かっている。

 今日の道路は、緊急車両以外はほぼ走っていない。時折、タクシーやトラックは走っているものの、バスは見かけない状態である。

 おそらく、電車も運行しているか怪しいものである。

 流通が滞りつつあるのかもしれない。



「兄貴、カズ達にどれくらいなら情報流してもいいかな?」

「春人個人の情報なら自己責任で好きにすれば良いさ。だが、俺たち家族の情報は一切流すな。絶対に!」


 春人はスマホを弄りながら、兄である薫に質問した。しかし、予想以上に冷たく厳しい薫の反応に、春人は戸惑ってしまった。

 視線をスマホから薫に移した春人は、どこか虚空を見つめる薫にムッとした表情をして怒りをぶつけた。


「んだよ、相談しただけでそんなに怒ることないじゃん」

「は? ちゃんと答えただろ。怒ってもいねえし」

「いーや、怒ってるね。わかるっつーの」

「別に春人に怒ったわけじゃない。阿呆どもがうざいんだよ」

「あほ……あぁ」


 春人は、薫の言葉の意味を正確に把握した。たぶん、薫のスマホには、多数の着信などがあるのだろう。


 如月一家の感染が発覚してから、薫への知り合いの対応は、相当酷かったそうだ。発覚当初は罵詈雑言の反応で、以後全て拒否された状態だったらしい。


 薫は、呟くように春人にアドバイスをした。


「職業の名称、後はモンスターとは未接触って事にしておけば良い。実際、接触も戦闘経験もしてないから。当然、能力を持った仲間以外と戦う気はないって設定だな。ダンジョンだって事は秘匿だ。能力に目覚めた者がいるなら、その時に対応すれば良いだけだ」

「おーけー。さすが兄貴」


 春人は、薫にお礼を言うと、すぐにスマホを弄り始めた。

 薫は、地図スキルと用心スキルを、それぞれレベル8まで上げた。


 これで、地図・用心の最大範囲がおよそ38kmとなった。スキルポイントは、5Pまで減ったが後悔はしていない。

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