告白は授業の前に

C-take

タイムリミットは5分

 思い立ったが吉日と言うだろう?


 僕はかねてより好きだった美咲ちゃんに告白することにした。


 僕が美咲ちゃんに恋をしたのは、中学生1年生の頃。たまたま同じクラスで、席が隣だったことがきっかけだった。我ながらチョロいとは思うが、彼女が笑顔で「よろしくね~」と声をかけてきただけで、僕の心は彼女に奪われてしまったのだ。


 彼女の短い髪は風にそよぐと何となくいい香りがする。シャンプーのにおいなのだろうか。他の女子のものは全く気にならないのに、美咲ちゃんのにおいだけは僕の鼻によく届いた。好きだ!


 彼女は友達が多い。男女訳隔てなく人気があるのに、人見知りの僕にも何かと声をかけてくれる。朝の「おはよう」に始まり、授業中のヒソヒソ話、帰り際の「また明日」まで。それこそ休みの日なんてなければいいのにと思うほど、彼女は僕の学校生活の中心だった。好きだ!


 彼女の声はよく通る。声が大きいというのとは少し違うけど、透き通るような声は離れていたって僕の心を引きつけた。音楽の合唱の時間は僕にとっては至福のひと時だ。何せ彼女の美声を心行くまで堪能できる。出来ることなら録音して毎日聞いていたいと思った。好きだ!


 彼女の制服姿は可愛い。他の女子と変わらないはずなのに、スカートがひらひらと動くたびについ目で追ってしまう。胸は控えめだけど、腰がキュッとくびれていて足もすらりと長いのでスタイルは抜群。好きだ!


 そんなこんなで中学3年間を同じクラスで過ごし、何と高校も一緒で、またもや同じクラスという快挙。これはもう運命だとしか思えない。


 とは言え、僕だって良識ある人間だ。勢いに任せてちょっと気持ち悪く語ってしまったけど、彼女からすれば、僕はたくさんいる友達の内の一人に過ぎないのかも知れない。だってそうだろう? あんなに可愛くて人気者の彼女が、僕なんかを好きになってくれるとは到底思えない。


 それでもだ。僕は自分の気持ちを彼女に伝えると決めた。それで玉砕するのなら仕方ない。「当たって砕けろ!」というやつだ。


 そして朝。いつも通りの時間に登校すると、美咲ちゃんも既に登校していた。朝一に見る美咲ちゃんもやっぱり可愛い。好きだ!


 お? よく見たら美咲ちゃん。髪を少し切ったようだ。この土日で美容院に行ったのかな? 先週より少し短くなっている。僕でなかったら見逃している所だね。


 残念ながら席は隣ではなくなっちゃったけど、それは些細なことである。自分の机に鞄を置きながら、僕はちらりと美咲ちゃんに視線を向けた。相変わらず友達と楽しそうにおしゃべりをしていたが、僕の視線に気付きひらひらと手を振ってくれる。そんなところがとても可愛い。ついついにやけてしまう。好きだ!


 おっといけない。あまりニヤニヤしていると美咲ちゃんに気持ち悪い人認定されてしまいかねない。気を引き締めて、きりりと表情を正す。自然な笑顔。あくまで自然な笑顔が重要だ。


 僕も美咲ちゃんに手を振り返す。僕の反応を見て美咲ちゃんはにっこり笑顔になった。可愛い。美咲ちゃんの笑顔最高! 美咲ちゃんは今日も絶好調の様子。好きだ!


 今朝は女子だけで話しているようだけど、何を話しているのだろう。昨日のテレビのことかな? それともファッションの話? まさか好きな人の話なんてことはないよね?


 いつもだったら彼女を見ているだけで満足していた僕だけど、今日は普段とは違う。何せ一世一代の大勝負の日なのだ。美咲ちゃんの一挙手一投足が気にかかる。


 美咲ちゃんは中学の時は誰かと付き合っているとか言う話はなかった。高校に入ってからも、今の所そういう噂は聞いていない。ただ、僕が聞いていないだけで、既に美咲ちゃんが誰かと付き合っているという可能性がない訳ではない。何せ僕は友達が少ない。情報源が他の皆に比べれば圧倒的に少ないのだ。


 一度気にし始めると気が気じゃない。今の僕にとっては死活問題だ。こんなことならもっと美咲ちゃんのことについて本人と話しておくんだった。過去の僕のバカ! できることなら数日前からやり直したい!


 こんなことでは放課後なんてとても待てやしない。どうせ散るなら潔く始業前にしよう。もしダメだったら今日一日、もしくはもっと長い期間立ち直れないかも知れないけど。それでも告白しないという選択肢は、今の僕の中にはない。


 僕は美咲ちゃんを中庭に呼び出すことにした。


 美咲ちゃんと話していた女子達には悪いけど、今の僕の決意を邪魔させる訳には行かない。


「どうしたの? わざわざこんな所で」


 教室では何も聞かずに付いて来てくれた美咲ちゃんは、いつもと変わらない笑顔を向けてくれる。この笑顔を見るのも今日が最後になるかも知れない。そう思うと、なかなか先の言葉が出てこなかった。


「あ、あの……」


 いつもどうやって彼女としゃべっていたんだっけ。先ほどまでの決意はどこへやら。考えれば考えるほど言葉の迷宮に捕らわれていく。


 タイムリミットはあと5分。それまでに話を終えて教室に戻らなければ授業に遅刻してしまう。僕だけならともかく、美咲ちゃんを遅刻させる訳には行かない。


「あの……。美咲ちゃん」

「うん?」


 心臓が爆発しそうなほど激しく脈打っている。きっと僕の顔は今、真っ赤になっているに違いない。


 美咲ちゃんに変に思われないだろうか。そういえば服装乱れたりしてなかったかな。髪の毛もボサボサだったらどうしよう。ちゃんと鏡で確認して来ればよかった。そんな今更考えても仕方のないことばかりが頭の中を駆け巡る。


 一方の美咲ちゃんは僕が話してくれるのを待ってくれているようで、小首をかしげながら耳にかかった髪をかき上げた。そんなしぐさも可愛い。好きだ!


 そんなことをしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。


 チャイムまであと4分。まだだ。まだ時間はある。ゆっくりと、落ち着いて。言いたいことを簡潔にまとめて、美咲ちゃんに伝えるんだ。


 ここでふと気付く。


 あれ? 告白ってどこから話せばいいんだ?


 やっぱり「あなたが好きです」から? それとも好きになった理由とかから話した方がいいんだろうか。


 告白するのなんて初めてだから段取りとか知らない。つい勢いで呼び出したから、事前に何も考えていなかった。これは失態だ。


 チャイムまであと3分。そろそろ無言でいると不審がられるかも知れないと思いつつ、美咲ちゃんの顔をちらりと見る。


「うん?」


 滅茶苦茶笑顔だった。好きだ!


 チャイムまであと2分。そろそろ教室に向かわないと間に合わない時間だ。出直すか。いや、ここで引いたら僕は二度と告白なんて出来ないだろう。踏ん張りどころだ。頑張れ、僕!


「き、今日はいい天気だね~」


 はいチキン。僕はダメな人間でした。生まれてきてすいません。調子乗ってました。


「そうだね~。最近はちょっと寒くなってきたから、こうポカポカしてるとありがたいよ~」


 そんなヘタレな僕の言葉に対してもしっかりと答えてくれる美咲ちゃん。好きだ!


「あはは~、暖かいのはいいことだよね~」


 一方の僕はと言えばこの程度の返しが関の山。そしていよいよチャイムまであと1分。教室に戻らなければ。


「教室、戻ろっか」

「あれ? 何か用事があったんじゃないの?」

「ああ……。それは……。その~」


 もう時間ギリギリなのに美咲ちゃんは先を促してくれる。やっぱり優しい。好きだ!


 こんな素敵な彼女のことを好きになれてよかった。僕は拳を握り締める。そして――


「美咲ちゃん!」

「は、はい!」


 僕は、この想いの丈を言葉にした。


「好きです。僕と付き合ってください!」


 僕の声が中庭に木霊する。美咲ちゃんはじっくり僕の言葉を噛み締めるように目を瞑ってから、微笑んだ。

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