第12夜「好きと嫌い」(中)

 課題4〈蓬莱ほうらいたまえだ〉はこれまでと打って変わって知能問題だ。簡単なクロスワードパズルだが、ローバーのAIに答えではなくを教えないといけない。


「ほんと、落ち込む。やっぱり私、教える才能ないんじゃないかって……」


 キョウカは自分が問題を解くことと、解き方を教えることのギャップに苦しんでいた。

 きっと「優しくしてほしいな」なんて直球を投げない限り、ユキは分かってくれないんだろうとキョウカは読んでいた。それは正しい。そう言ったところで、ユキが優しく髪をなでてくれたりするわけでもないだろうから。でも、変化球はもっとダメだろうから、仕方ない。

 だから、直球を彼の目先に投げるしかないのだ。


「この問題、どうやって解くの?」

「そうだなぁ。キョウカさんは、どうやったの?」


 彼に質問をすると、キョウカには大抵質問が返ってきいた。これに答えるのがまた、難しいのだ。

 そもそも、AIに「答え」を教えても意味がない。だって、その問題はおそらくもう二度と出題されないのだから。それはさすがに分かる。

 いま、ローバーに覚えてもらう必要があるのは「解き方」である。


 ローバーにロボットアームの動きを教えたように、今度は思考プロセスを手取り足取り教える必要がある。

 「答えは◯◯だよ、わかった?」なんて雑な教え方では、次に出る新しいパズルは一向に解けるようにならない。

 キョウカは画面に映るクロスワードパズルを指差しながら、ユキに尋ねた。


「これとか、問題は難しくないよね?」

「ん? どれどれ……そうだね。さすがにこれは自明」


 問題自体は難しくない。答えは全て英単語なので、多少の語彙力は必要だが、たぶん高校入試くらいのレベルだ。それに、ローバーは月面基地のサーバーに随時アクセスできるので、辞書の検索くらいなら一瞬でできる。


 例えば、アルファベット5文字で「タテのカギ:幸せ」なら、ローバーのAIに〈幸せ〉を日英辞書で検索させる。そして、いくつかヒットする単語の中から、5文字のものを選べばよい。答えは「HAPPY」だ。

 こうして、幸せの意味なんて知らないAIでも、ちゃんと正答を出せる。

 ユキはキョウカの画面を覗き込むようにして問題を指差した。


「じゃあ、この問題はどうする? 『ヨコのカギ:今週は長かった! ◯◯◯◯』」

「え、えっと……」


 これは単純に辞書をひく方法では解けない。このテの問題は、4文字なのにとても難しい。


「えっとね。まず辞書からテキトウに4文字の単語を1つ取り出すの。それで、文章にフィットするかどうか、1つずつ検査する……とか?」

「なるほど。いいよ。それで、検査するって、どうやって?」


 キョウカはギクリとして背筋を張り、目をぱちくりさせながら後ろ頭をかいた。今日は暑くてアップにしてきていたので、いつものポニーテールの毛先くるくるができないことに気づく。


「え!? えっと、変な文章になってないか、とか。雰囲気?」

「ハハハハ。あー、ごめん。うん、そこは難しいよね」

「そうなの。『なんか、こう、違うんだよな!』っていうのを、AIに教えられれば、って思うんだけど、なかなかうまくいかず……」


 キョウカは困った加減を身振り手振りで伝えようとするが、それもなかななか上手くいかない。

 そもそも4文字の英単語は多い。だから、闇雲に辞書から抜いてきた4文字の単語が、問題の文章にフィットする確率はとても小さい。それに、しっくりくるか検査するといっても、色々とチェックしているうちに、どれが最も良いかなんて、すぐにわからなくなってしまう。

 キョウカの動きを見ていたユキは、優しく呟いた。


「この問題の答えは『TGIF』だよね?」

「うん」


 神様サンキュー、今日は金曜日だ、というスラングである。それは分かる。

 何度も言うが、この「答え」をAIに伝えても仕方がない。今解くべき問題は、それを、どう考えてこの答えを見つけたか、その方法をAIに伝授することなのである。


「こういう時、カギの文章にあるLONGとかWEEKは答えじゃない。それと使言葉を探すんだよ」

「うーん。で、ユキくん、どうやってるの? ほらここのヨコのカギもそう。『◯◯◯◯! いくつになった?』だって? 答えもわからないし……」


 レネは5つ全ての課題について「2人別々の方法で解くように」と指示してきていた。最終的には、キョウカとユキ、2人のAIを競わせ、状況に応じて性能の良い方をつかうという戦略があるようだった。

 もちろん、協力することは大いに推奨されていた。しかし、いずれにしても、AIに解き方を教えるには、まずは人間がクロスワードパズルを解かないといけない。


「あ、これかぁ。うーん、どうしようかな……」


 ユキは何かに気がついて、少しだけ顔をしかめた。


「先頭は、さっきの『H』だよね。じゃあキョウカさんの――」

「あーっ! 何々!? 2人とも、名前!」


 これまで黙って2人の会話を聞いていたカサネがついに割り込む。


「ついに彼氏彼女になったの? わぁー、よかったよかった!」

「ちょ、ちょ、ちょっとー。カサネ! まだそういうんじゃないってば!」

なの? ふーん。ハッハッハ」

「違うってば! もう!」


 こういうふうにからかわれると、どうなるか。

 キョウカは最近、少しずつ彼の反応が予測できるようになってきた。

 彼はきっと――


「まぁ、自分で考えてみなよ」


 ちょっとぐらい優しく、手伝ってくれてもいいのになと思いながら、キョウカは彼のことをじっと見た。しかし結局のところ、答えを教えて欲しいんじゃないってことが、ユキには分からないらしかった。キョウカは、ただ、一緒に迷って、一緒に考えて欲しいだけだったのに。

 それでも「それならそうと言ってくれ」なんて言われそうで、彼氏彼女なんて関係ではない、ただのクラスメイトにそこまで強く求められないキョウカであった。


 ――そういう、融通のきかないコンピュータみたいなとこ。嫌いだよ。理系クン。

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