第10夜「織姫と彦星」(中)
決戦の7月7日が迫っていた。
スバルの誕生日。幼馴染のアヤが告白すると宣言していた日。
スバルが天文関係以外に好きなもの。キョウカはそれを一刻も早く見つけなければならなかった。
月面望遠鏡の
恋愛経験の不足はともかく、キョウカは理系男子にあまりにも素人過ぎた。考えて分からないことは、すぐユキに聞くに限る、というのがここ数ヶ月で会得した理科部でのキョウカの処世術だった。
――理系男子のことは、理系男子に聞くに限るんだ。
キョウカとカサネは、作戦会議の重要参考人としてユキに出席を命じた。学食の中程のひときわ騒がしい一角にある丸テーブルで、彼は少し照れくさそうにして女子2人と昼食を共にしている。
木を隠すには森の中。人に聞かれては困る話ほど、カサネは「人混みの中に隠れるのが一番」なんて言って、決まって学食を選ぶのだった。
ユキが席につき親子丼に手を付け始めたかというときに、早速カサネが尋ねる。
「あのさ、先輩のことなんだけど――」
「ん?」
「天文以外で、好きなこととかあるのかな?
ユキは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに状況を理解したようだ。
「ああ、誕生日? なるほどね。それで俺が呼ばれた?」
「まぁ、そんなとこ」
キョウカはユキの顔を見るのが、今日はなんだか恥ずかしい。丸いテーブルの上で、3人のプラスチックのお盆が干渉するのさえ、今日はなんだか気になった。
キョウカは、また蒸し暑い感じがして、ブラウスのボタンをさわった。
キョウカは少しモジモジとしながらユキに尋ねた。
「天文以外のことで先輩が『これは!』とか心動かされること、何か知らない? ヒントだけでもさ」
「そうだなぁ……なんだろうね?」
キョウカは何か思いついた表情で「手作りのもの、とかどうかな? 手編みのマフラーとか?」と言ってみるも「ハハハ。時期じゃないね」と往なされる。
それでも、ユキはランチの親子丼をかきこむと「うーん」と唸ってまた考え始めた。きっと彼にとってはどうでもいいことのはずなのに、いつだって真剣に、興味深そうに一緒になって考えてくれるのだ。とくに、キョウカからの相談を彼が断ったことはない。
「先輩。物欲なさそうだしなぁ…… 好きな食べ物とかは?」
「えっ。うーん……」
腕組みするユキの脇でカサネは早くもBランチの和風ハンバーグをたいらげた。すぐに視線はパンナコッタに向かう。それを見ていたユキは「あっ!」と何か思いついたようだ。
「甘いもの、けっこう好きなんじゃないかな?」
「そうなの!? 意外。あ、でも前にメロンソーダとか飲んでたっけ?」
夜のファミレスで、理科部
「ハハハ。よく覚えてるね。ほら、野外の天体観測は寒いでしょ? 『そういうときはこれに限る』とか言って――」
「何、何?」
急に2人に詰め寄られ、ユキは「ちょっと、2人とも。顔、近い……」と恥ずかしそうだ。箸を置きコップの麦茶を一口飲むと、ユキは神妙な顔で言った。
「――温めた、ようかん」
「ウッソ!?」
「それ美味しいの?」
「味は、まぁ、フツーだね。ちょっと甘みが増す、かな?」
キョウカは「また、先輩の可愛いところ見っけ」なんて思う間もなく、疑問ばかりがふつふつと沸いてきていた。
「チョコじゃダメなの?」
「ようかんは高カロリーだが低脂質。しかも、割れない溶けない。真空パック入りなら、かなりの圧力でも変形しない。しかも大熱容量で、冷めにくい」
ようかんの優れた点とその科学的根拠を、ユキが次々と解説してゆく。新作の和菓子を学会で発表するかのようなチグハグさが、なんとも可笑しい。
「先輩に言わせると『宇宙
「プッ。何ソレ? アハハハハ」
大笑いするキョウカとカサネにつられて、ユキも「ハハッ」と歯を見せて笑った。キョウカはその無邪気な笑いを、なんだかずっと見ていたくなった。
「たぶん、あんこ系、好きなんだと思う」
「そうか、あんこ系、ね」
「この前も、
これでキョウカが先輩にプレゼントすべきお菓子の方向性は決まった。ぜんざい、おしるこ、ようかん、おはぎ。どれも大差ない。あんこ系物質の主成分はほぼ同じ。あとは液相か固相かの違いくらいしかない。
しかし、こうなってくると、今度は優柔不断がキョウカを惑わせるのだった。
「うーん。季節じゃないけど温ようかんに賭けるか。冷やしぜんざいも捨てがたいナ。どうしよう……」
キョウカの悩みは深く、パンナコッタに手をつけられないほどである。
「
「え!?」
「だって、ほら。
「うーん……」
カサネが「おおー、水城くん、仕事早いね!」と褒めるのも上の空で、キョウカの胸には、否定しようのない感情が芽生えはじめていた。
苦しいけれど、今は、この気持ちは一旦脇に置き、キョウカはどんどん前に進むしかなかった。
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