第8夜「ライブハウスとレストラン」(中)

 キョウカは自分のAIがなぜうまくいったのか、あまりよく理解していなかった。


たつのほうは、何もしてなかったんだけどな?」

「え? そうなの?」


 課題2〈たつくびたま〉は、いかにも把持はじしづらそうなツルツルとした球状の金属部品を引き抜くという、これまた嫌味な課題だった。

 しかも、毎回予期しないことが発生するよう、念入りにイジワルがプログラムされている。


 さすがに龍の首にかかる部品を取りに行くわけではなかったが、物理的にありえそうな、ありとあらゆる問題が生じた。

 舞い上げた砂でセンサーが異常反応。暴走したローバーは8の字ヘドバン。落とさないよう強く掴みすぎた金属部品は歪んで修復不能。

 2人のローバーは、これでもかというくらい、様々な不運に見舞われた。


「全部のことを想定して、対応策を考えておくなんて、できないよね?」

「うん。それは自明でしょ。だけど、起こる確率が高そうなのは、なんとなく分かるから。優先順位つけて対応するようにAIを訓練したんだけど……」


 ユキの作戦は理にかなっていた。

 起こりうるのことに対応できるようAIを訓練するには、きっと無限の時間がかかる。

 それが不可能なのは彼の言葉では「自明」なので、発生確率の高い順に〈不運〉をつぶしていくのが当然、かしこいやり方だ。


「私は、その絞り込むのがどうしてもできなくて……。だから、逆に、起こりそうにことが、どれくらい起こりそうにのか、試してみたの」

「え!? どういうこと?」


 ユキにとってキョウカの言動は、非自明の塊のようなものだった。興味深い研究対象、とでも言うべきか。


「ローバーを変な位置に停めてみたり、急発進させたり、アームもぐるぐるうごかしてみたし、指定位置以外のとこを持ってみたりもした」

「ハハハハ。 ――いや、まてよ。もしかしたら、その遊びで、證大寺さんのAIはの範囲を学習したってことなんじゃない?」

「え!? どういうこと?」


 これは2人の間で、最近何度もリフレインされる定番フレーズだ。

 

 ――なんなら、パンクバンドで今度出すの新曲の名前にしたっていいよ。

 

 お互い様なのだが、即断即決のユキの思考回路は、キョウカにはまったく理解不能だった。その逆も然りで、ユキは女心が分からないとかいう以前に、優柔不断のキョウカの考えがまるで読めていない様子だった。

 なので、素朴に「え!? どういうこと?」を連呼するしかないのだ。相手に興味があってもなくても。


「子供が公園で遊ぶとき、何をやったら怪我するか分からず、最初のうちはいろんな危ないことするよね? やめときゃいいのに、高い所登ったりとかさ」

「あー、確かに。弟も、すり傷とかたんこぶ、よく作ってたなぁ」

「そうそう。ヒヤリとする経験を沢山積むことで、何をしたら怪我するか学ぶでしょ?」


 キョウカは彼の話にウンウン頷き、5歳児知能の月面ローバーを我が子のように愛でる母親の気持ち――いや、やんちゃ盛りの5歳の弟に手を焼く姉の気分を思い出した。


「そうかー。優柔不断、月面では役に立つんだね。アハハ」

「これはやってみないと分からない。なかなか非自明だね。ハハハハ」


 タトゥーみたいにまとわりつき、どうしても隠せない優柔不断。自虐ネタにできるくらいには、もうキョウカのトレードマークになっていた。

 しかし、それが月面という舞台で活きてくるなんて、キョウカには思いもよらなかった。

 もう、なりふりなんか、構っていられない――。そんな感情がキョウカを突き動かし始めていた。一刻も早く5つの課題をすべて解き、月面望遠鏡の観測時間マシンタイムをゲットする必要がある。


 ――そして、羽合はわい先輩に振り向いてもらうんだ!


 キョウカは観客で満員の地球を月面ステージから見下ろすようにして、心のなかのガイコツマイクにもう一度叫んだ。


 Say!! You 銃 Foo Dang!!

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