第6夜「来週と来年」

第6夜「来週と来年」(上)

「今度は私が水城みずきくんにレネさんを紹介してあげる番だね」なんて気楽に誘ったものの、キョウカは今頃になって少しだけ恥ずかしくなってきていた。


 ユキはキョウカにとって、特に気になるわけでもないただのクラスメイトだ。2人の性格は優柔不断と即断即決で正反対。むしろ相性が悪そうだ。共通の趣味もない。そもそも、キョウカには憧れの先輩だっているのだ。


 それなのに、2人は今日は恋人のように駅南口エキナンの歩道橋で待ち合わせし、友達に会わぬように東京行きの高速バスにそそくさと乗った。そして彼は今、居心地悪そうにキョウカのすぐ右に肩を並べていた。


 車庫から乗ってきた油臭い空気と、消毒液ですこし湿った感じのするシートが、2人の居心地の悪さを助長した。

 2人は運転席のすぐ後ろの席に座っていた。この位置は、バスに乗るなりユキが「ここが理論上は最も安全」などと言って選んだ席だった。キョウカが「いや、逆に怖いよ……」なんて言うのも聞かず、彼は安全である理由を滔々とうとうと説明した。

 タイヤ上部の湾曲構造が強固。火災の原因となるエンジンから距離がある。万が一のときも運転手後方の壁があるので、急ブレーキでもバス外には飛び出さない、などなど。説明すればするほど、逆にキョウカはどんどん不安になっていった。


 彼は彼なりに、キョウカに気を遣っているのだった。


證大寺しょうだいじさん、ごめんね。電話で紹介してくれるだけでよかったのに。しかも、わざわざ日曜なのに付き合ってもらっちゃって」

「あぁ、いいよいいよ。私もレネさんの研究室行ってみたかったし、お父さんからもお祝い、預かってきちゃったから。それに――」

「?」

「水城くん先輩に会わせてくれたでしょ。だから、お返しだよ、おかえし」

 

 ユキは少しだけ安心したようで、キョウカに微笑んだ。2人は駆け落ちのような、何とも言えない背徳感をごまかすように、会話を続けた。


得居とくい先生に相談したらさ、不思議と二つ返事でオーケーしてくれんだけど、水城くん、何か知ってる?」

「ハハ。たぶんそれ、SSHの予算使いたいだけだよ」

「あ、そうか。それであんなに気前良く特急代まで出してくれたのか。

「モノマネ? 似てる似てる! ハハハハ」


 他愛もない話をしながら1時間ばかりを過ごした2人は、東京テレポートという名の駅前ロータリーでバスを降りた。

 地下鉄駅なのだろう。家族連れやカップルが次から次へとエスカレーターの出口から排出され、ロータリーに流れ込んでくる。


 未来都市に転送テレポートさせられ、キョウカは大きな観覧車とたくさんの人波に目がクラクラした。

 しかも「わー、なんだかデートみたいだね」なんて、ウブな理系男子をからかうつもりが「そう?」と華麗にスルーされ、キョウカのほうが恥ずかしくなってきてしまっていた。


 ――やっぱり理系男子は反応が読めない。そこは、照れてくれないと!


 2人は理科部の顧問でもある得居とくいには特急代をもらっていたが、実際にはそれより安い高速バスで来たので、すこし手持ちがあった。

 「よし」と見合うようにして、2人は運賃の差額で少し早めの昼食をとってから、レネの研究室に向かった。


 ○


 レネから「ここに来て」と指定された場所は、大学のキャンパスではなく、なぜかお台場にある科学館だった。

 キョウカは、ユキと2人でいることに、不思議な居心地の良さを感じ始めていた。ただ、何がそうさせているのか、分からないでいた。


 単に、多くの若者で賑わう休日のお台場で、まさか友人に出くわすこともないだろうなんていう安心感。あるいは、お互いの秘密を共有してしまったゆえの、マフィアのような打算的な信頼感というのもあるかもしれない。

 日曜日のお台場なんていう定番デートスポットを、制服姿で並んで楽しそうに歩く2人。


 ――周りからはどう見えているのだろう。恋人同士に見えるのかな? 


 キョウカは、そう見てほしいわけでも、そう見られたくないわけでも、どちらでもなかった。ただ、こうして定義の定まらない関係でいるというのが、期待もせず傷つきもせず、いちばん居心地のいい宙ぶらりんだと知っているだけだった。

 こうやって、ぷかぷかと温めのお湯にでも浮かんでいるようなときには、キョウカの頭の中では、きまって冷静と情熱の悪魔の口論が始まる。


(あれあれ、水城くんのこと、ちょっと気になってきたんじゃない?)

(いや、ソレはないって。羽合先輩がいるだろ。忘れたのか?)

(遠い星に住んでる王子様より、手近な地球人のほうがよくない?)

(どっちも理系男子いせいじんなんじゃない? だいいち、彼には――)


「あ、あのさ。水城くんって、レネさんのこと――」

「ん?」


 ユキはビルの前でポーズをとっている巨大ロボットのオブジェを、いつもの少年のような目で興味深そうに眺めていた。彼は不意をつかれたという様子もなく、むしろ思わせぶりな笑みを浮かべて、キョウカにこう答えた。


「――ああ、ちゃんと言ってなかったね。じつはね、彼女はAIなんじゃないかって思って、調べてるんだ」

「えっ!? どういうこと?」

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