鎖鎌

 なんだか呑み足りない。食後に冷酒を注文した。酔った状態でスライムの街を歩くことほど危険な行為はないが、欲望を抑えつけることができなかった。呑みながら、カウンター越しに厨房の風景を眺めていた。定食用の鶏の空(唐)揚げが山のように積み上げられていた。


 懐中の携帯電話がブルブルと震えた。メールの着信を伝える合図だ。取り出しざまにケータイを開いた。知友の動画職人Kさんからだった。今日の夕方、コンビニに行く途中、数匹のスライムに襲われたそうである。幸いにも、巡回中の自警団が追い払ってくれたが、一人だったら危なかったかも知れない。鍋さんも用心してくださいと、結ばれていた。忠告感謝。


 現在Kさんは、夏休みに公開される予定の大作に参加されている。一年がかりの制作も大詰めを迎え、泊まり込みで働かれているようだ。だが、それが続く限り、Kさんの身は安全と云える。彼の職場であるアニメ会社の建物は、最新式のスライム対策が施されているからである。

 ちょっとした要塞みたいなものだ。屈強な警備員たちが二十四時間体制で守りをかためているし、心配はないと思われた。これから、徒歩で駅まで歩く俺の方が百倍危険である。

 今夜あたり、やられそうな気がしてならない。となると、これが「末期の酒」というわけか。しかし俺も、ただでは死なぬ。可能な限りの抵抗は試みるつもりである。そう簡単に喰われてたまるものか。


 勘定を済ませて、外に出ると、途端に冬の冷気が押し寄せてきた。入り口付近で例の学生風が身支度を整えていた。左の腰に「鎖鎌」が誇らしげにさげられていた。失礼な云い様だが、このおにいちゃんに鎖鎌のような「使い手を選ぶ」武器を扱い切れるのだろうか。

 スライムに対して有効な武器は、やはり刀剣か槍の類いであろう。俺が棍棒を選んだのは、無論、金子不足もあるが、スライムを殺すことを第一目的にしていないからだ。左右に弾き飛ばせれば充分である。戦いに勝つ必要はない。逃げ道を作る道具として機能してくれればそれで良い。


 身支度の最後に、学生風がマントを羽織った。表面に「早*田大学勇者部・椎**蔵」という金文字が縫い込まれていた。なるほど。勇者部の部員だったのか。道理で身なりが仰々しいわけだ。

 俺の視線に気づいたらしく、勇者部がこちらに顔を向けた。俺が着用している「寄せ集め装備」が滑稽に映ったのだろう。勇者部は鼻を鳴らし、あんたになんか興味はないよとでも云うように、顔を戻した。勇者部は、口辺に薄ら笑いを浮かべながら、店を離れ、魔の街へ乗り出して行った。

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