景品

 勇者部の学生が、闇の中に溶け込むのを見届けてから、俺は自分の支度を始めた。最初に「魔除けの聖水」を腰のボトルホルダーに差し込んだ。先ほど、代金を払う際、勘定場でもらった景品である。スタンプカードに捺されたスタンプの数が五つ(★★★★★)に達した御褒美だそうだ。俺としては、ギョーザの無料券の方が嬉しいのだが、まあ、しょうがない。


 大胆にも「聖水」という名称が使われているが、実際は炭酸水に過ぎない。スライムが炭酸を嫌う性質があるのは確認されているが、これをぶっかけたとしても、化物が死ぬわけではない。多少怯む程度である。くれるものは、原則いただく主義なので受け取ったが、真の意味での魔除け効果を期待するほど、さしもの俺も愚かではない。


 聖水を差し込むと、俺は玄関前の小階段を下りて、歩道に足を進めた。左手に革の盾を持ち、右手に棍棒を握っている。ここから駅まで、約2キロの距離。道中に何が待ち受けているのか、行く他に知る術はない。

 勇者部員が俺とは異なる方向へ行ってくれたのは幸いであった。ああいう手合いに迂闊に関わると、ロクな目に遭わない。

 特にあの鎖鎌が恐ろしい。分銅やら鎌刃やらが、スライムではなく、俺の方に飛んでくる危険性が低くないからである。生兵法は大怪我のもと、だ。職場一の変人たる俺だが、諺や格言の類いには、素直に従うことにしている。

 スライム相手に「大怪我」で済むとは考え難い。おそらく彼は、自分の武器で自分を滅ぼすだろう。無論、俺の知ったことではない。俺は正義の味方でもなければ、スライムハンターでもない。俺は俺の生命が最も大事だ。茶番劇や偽善活動は勇者部の連中に任せておけばいい。


 飲食街を離れると、街灯の灯りのみが頼りである。左が車道、右に川が流れている。車道を走る車は一台もない。夜間は規制がかかり、警察の車と緊急車両以外の走行は禁止になっている。あれは昨年であったか、路面を埋め尽くしたスライムの群れの中に暴走トラックが突っ込んだのは。

 数十匹のスライムを轢き(潰し)殺した大型トラックは、群れの中央で、ようやく動きを止めた。車内にいた運転手と助手の二人は、当然、やつらに喰われた。両者は登山ナイフと金属バットで、必死の抵抗を展開したそうだが、とても逃げ切れるものではなかった。

 二人が魔群に喰い殺される一部始終をビルの屋上から特殊カメラで撮っている者がおり、当夜に映像を公開して、大騒ぎになった。その情報を俺はラジオで聴いた。T*Sラジオの『森**郎・スタ*バイ!』である。

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