地図

 店内は大層賑わっていた。卓席は全て埋まっていた。席が空くのを待っているグループもいる。だが、俺には関係なかった。店員の「いらっしゃいませー」の声に軽く頷くと、俺は店の奥にあるL字形のカウンター席に足を進めた。盾と棍棒を壁際に置き、固定式の座席に腰をおろした。

 学生風の若い男が、兜をかぶったままの状態で炒飯と麻婆豆腐を交互に食べていた。まったく器用なものである。器用だが、いささか見苦しい。


 今日の夕飯はギョーザ定食にしようと、朝から決めていたが、一応献立表を開いてみた。期間限定のメニューが何か知りたかったのだ。今月のそれは「ピリ辛ラーメン」だった。刹那迷ったが、結局、初案を守った。料理といっしょにレモンサワーを注文した。熱燗の季節だが、喉がカラカラに渇いていた。一分も経たぬ内にサワーが運ばれてきた。


 レモンサワーを呑みながら、東京都が隔月で発行し、無料で配布している「スライムマップ 最新版」を眺めた。簡略地図の上にスライムの出没頻度が高いエリアを示したものだが、職場の先輩K氏によると「何の役にも立たない…」そうである。

 神出鬼没のモンスターの出現場所を特定できるわけがない。特定できたら、神出鬼没とは云えないというのが、K氏の意見である。なるほど。確かに御指摘の通りだ。しかし、参考程度にはなるのではないかとも思う。

 同マップを信じるならば、俺の帰り道に「スライムは出ない」ということになる。無論、油断するつもりはない。これまで「出ていない」ということは、そろそろ「出る」かも知れないからである。


 俺は運ばれてきたギョーザ定食をきっちり腹におさめた。これは「最後の晩餐」ではないと、誰が断言できるだろうか?そう考えれば、食事に対して自ずと真剣になる。

 実際、我が職場にも被害者が幾人もいるのだ。その内の一人は「行方不明」ということになっているが、おそらく、この世の者ではあるまい。やつらの巣に引き摺り込まれ、そして、喰われたのだ。

 俺が同様の運命を辿ったとしても、少しも不思議ではない。むしろ、そうなる可能性は高いと云える。俺のような単独行動者は、やつらから見れば、格好の獲物だからである。俺なんて、喰っても旨くないと思うが。

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