スライムの夜

闇塚 鍋太郎

NIGHT OF THE SLIME

前篇:食人獣

スライム

 仕事が終わった。ロッカールームに行き、身支度を整えた。仕事着を脱いでから、革の鎧を着用した。次に鉄の兜をかぶった。どちらも、近所の中古屋で買ったものである。ロッカーの施錠を済ませてから、退室した。

 暗い廊下を進み、自動階段に乗った。玄関を過ぎ、外に出た。世界は夜に包まれていた。魔物…スライムたちの時間である。


 最近の東京は極めて物騒である。凶暴化したスライムどもが、都内各地で悪さを働いているのだ。日中は下水道に隠れているらしい。陽が落ちると、やつらは本格的な活動を始める。単体の戦力は大したことはないが、群れをなして行動するため、まことに厄介である。


 先月、火炎放射部隊が参加する大規模な掃滅作戦が展開されたが、あまり効果はなかった。なにしろ、数が多い。やつらの繁殖力は驚異的で、一度や二度の攻撃では、根絶やしにすることは不可能である。都知事の考えは甘いという批判が飛んでいるのも、まあ、当然であろう。

 次回は4月以降になるそうだが、その間にも、やつらは増殖する。このままだと、東京は人間ではなく、スライムの街と化す恐れがある。


 俺は革の盾を背負った状態で、坂道を歩いていた。餃*の*将に繋がる道である。背中の盾は池袋のハ*ズで購入した新品である。痛い出費だったが、仕方がなかった。右手には護身用の棍棒を握っている。本当は銅の剣が欲しかったのだが、抜き身で販売されており、そのことを店員のおにいちゃんに問うと「鞘は別売りです」という馬鹿げた返事が返ってきた。


 物陰や路地裏に潜んでいるスライムを警戒しつつ、歩行を続けた。最早ラジオを聴いている余裕もない。この有様では、オリンピックどころの話ではない。即刻中止を決めるべきだ。何かが起きてからでは遅いのだ。

 餃*の*将に着いた頃には、俺はクタクタに疲れていた。1キロにも満たぬ距離が五倍にも十倍にも感じられた。店に入る前に、兜を脱ぎ、額の汗を拭った。ギョーザ定食を食べるのも命懸けである。東京の夜は怖い。

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