第二話 カクリヨ
幽世。
そこは不思議な雰囲気を漂わせる場所だった。暗くもなく、明るくもないその場所に妙な居心地の悪さ感じた。
「ここが幽世というところなのですね」
「そうよ。ここには太陽も月もない。ましてや、時間という概念さえ存在しないわ」
考えている事を見透かされた事にもう驚きはしない。けれど、心の中を常に見透かされているというのはあまり良い気分ではない。
それでも力が強い存在に食ってかかるほど馬鹿でもない。相手が神のような存在というのであれば自分なんて簡単に消し去ることも出来るのではないかと考えたからだ。
なら大人しく従い、目的の為に従うのもまた動物らしい危機把握能力かもしれない。
「なんだが嫌われている感じが少しして寂しいのですが、別に私はあなたをいじめたりしませんよ?」
「どうでしょうか。あなたは私よりずっと凄い力を持っています。もう覚悟は決めていますが・・・そうですね。痛い事はいやです」
「だからそんなことしませんってば!! そ、そうだ。あなたに人の姿を授けますよ!!」
場の雰囲気を変えるために彼女はそんな事を言い出した。
人の姿に特段興味はなかったが好奇心から少しだけ興味を持ち、それを受け入れることにした。
不思議な光が辺りを包み、それが集まり気づくと一匹の猫は人の姿に変わっていた。
「これが人の姿・・・」
「そうです!! それで、おかしなところはありませんか? ちゃんと発音も出来ているし大丈夫かしら?」
「はい。体も自由に動きますし、動かし方もなんとなくわかります。ただ・・・そうですね。私も服を着た方がいいでしょうか?」
「えっ? そ、そうよね!! 私としたことが忘れてましたわ!!」
元々服を着ていなかったのだから、人の姿を手に入れれば一糸まとわぬ姿なのは当たり前である。
しかし服を着る習慣なんてなかった身からすれば、慣習に従うだけで別に着なくても問題はない。
「これでどうですか?」
「はい。問題ありません。でもこれは・・・何と言うか、知らない服ですね。あなたの来ている物に似ています」
「そうねぇ~。今の時代だと洋服を着ている人の方が多いけど、この場所に関してはこちらの服装の方が主流ね」
「そうなんですか。でも、悪くないです」
着心地を確かめるように、いろいろと体をねじったり反らしたりしてみる。気づけば人の体にも慣れてしまい、もう問題なさそうだ。
ただ少し気になる部分もある。
「慣れました」
「はやいですね・・・」
「それでなんですが、耳と尻尾はこのままなんですね。耳はまだしも、人には尻尾はないと思いますけど」
「それは生物の特徴といいますか、あなたがあなたである証みたいなものと思って下さい。力をつければ消したりも出来ますが、それでも無くなったりはしませんよ」
「そういうものですか」
耳や尻尾を動かしながら、別にそんな事はどちらでも良いかと思い辺りを見渡す。改めて景色を眺めると、建物は多く立ち並んではいるものの少しばかし古めかしい。
言ってしまえば、昭和時代。いや、煉瓦やコンクリートを使った建物が一切無い為もっと昔だろうか。
ただそういう建物を現世で見たことがなかったわけではないものの、ここまで全てがそうなのは圧巻だった。
「どうですか?」
「なんだか不思議な感じです。私のいた家は板を張り付けた床や扉で、あんな紙を張り付けたような物ではなかったですから」
「障子戸ですね。あれも良いものですよ」
「なんだが弱そうです。雨漏りしたら全部ダメになりそうですし、何よりよく燃えそうです」
「確かに江戸時代とかは火事といえば災害みたいなものでしたからね。もちろん、この世界でも火事はありますよ」
そんな話に耳を傾けながら、さらに辺りを見渡す。ただそれ以上に目新しいものは見当たらず、後ろでにこやかに笑う神様に声をかけた。
「それで、私はこれからどうすればいいのですか?」
「それは・・・学校に通ってもらいます」
「学校っていうと、あの人間の子供たちが勉学に励むところですか? 小学校とかいう」
「そうです。こちらだと寺子屋なんて言い方もしますが、同じようなものですね」
学校に通えば願いが叶う。その時はそう思ったが、彼女の続きの言葉に声を荒らげることになる。
「なので、普通なら30年ほどで体を保てるようになり、100年も修行すれば立派な守護者となることができますよ」
「ちょ、ちょっとまって!! 私、そんな事聞いてませんよ!!」
「今、言いましたから」
笑ってそんな事をいう彼女に今度こそ私は食ってかかる。
「私、知っているんですよ!! 人の寿命は長くても100年ほどっていうことを。それなのに私を騙すような事を言ってこんな所に連れてきて!!」
「お、おちついて下さい。確かに時間はかかりますが、あくまでも一般論です」
「それでも少し早くなったって、私の好きな人はもういないかもしれない。ひどいです・・・」
今にも泣きそうな私に彼女は優しく手を差し伸べる。それを払いのけて怒りをぶつけてもよかったのだが、それもまた空しい気がしてやめた。
それでも冷静に先程の言葉を思い出し、希望を見つける。
「そ、そうだ・・・。30年あれば、今の希薄な存在をしっかりと保てるようになる。頑張れば、もっと早く」
「それはダメです」
「・・・なんでですか?」
「その程度の力では、あなたはいずれ消滅してしまう。それでも僅かな時間を守護者として一緒にいられる。きっとそれでもあなたはいいのかもしれない。けど・・・ずっと一緒にいたいでしょ? 触れ合いたいのでしょ?」
確かにそうだ。一緒にいたい。触れ合いたい。出来うるならば、もう一度話をしたい。
もし短い間でもいいのなら、限られた力を使い一緒にいられる。最悪その選択肢を選ぶのも自由のはずだ。自分の存在をどう使っても問題ないはずである。
でもやはり、もう一度触れ合いたい。撫でられたり。抱きしめてもらいたい。
守護者のその先がある。彼女は確かにそう言おうとした。永遠と大好きな人達のこれからを傍で見守られると。
「そうです。もしさらに力をつければ、神格。あなたはどんな世界でも存在を維持する事が出来るようになります」
「だけどそれじゃぁ・・・」
「大丈夫。あなたは私が見込んでスカウトしたんです。その強く優しい心は、この世界では強い力になるんです」
未だに力の使い方なんてわからない。それでも彼女の言葉には優しも、説得力もあるように思えた。
ただ藁にもすがり付きたい思いで、そう納得しただけかもしれない。彼女が私を大切にしてくれようとするならば、それもまた無下にしたくはないと思った。
けれど時間はない。
「わかりました。今はあなたを信じます。でも・・・もしもの時は・・・」
「出来ればあなたには幸せになってほしいと思っています。それでも、あなたの幸せはあなたが決めるもの。どうしても行くと言うのであれば、その時は諦めます」
「ごめんなさい」
「いいのですよ。でも目標は高くです!! さぁ、まずは美味しいものでも食べにいきましょう!!」
ここでの生活が始まる。これからどうなるか分らないけれど、私は精一杯頑張るつもりだ。
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