化神ねこね

@bakegaminekone

第一話 ねこね

 空がどこまでも遠い。

 その先には何があるんだろう。

 そんな事を考えては忘れ、また考えては結論が出ないまま時間が過ぎていく。

 四季が巡り、春夏秋冬というものがあることを理解した。

 気づけば体も大きくなり、遊びにいける場所も仲間もでき、毎日がとても楽しかった。

――それから年月が過ぎ。

 この世には猫という動物がいて、それが私の事なんだという事を最近まで知らなかった。

 他の子よりも知能があったせいか、時にリーダーのような扱いを受ける事も少なくない。

 それでもやる事はひなたぼっこをしながら昼寝をしたり、食べ物を探してみたりと、他の子達と何も変わらない。

 そんな中、私はとある人間と出合った。


「わぁー!! にゃんこだぁっ!!」


 声をあげたのは小さな人間の女の子。

 満面の笑みを浮かべ、トコトコと駆け寄ってくる姿に少なからず警戒をしたが、敵意がない事は分かっていたのでじっと少女を見つめる。

 すると女の子は目の前で屈むと、私からしては大きな手を伸ばし頭を触ってきた。

 ただ私はそれを受け入れ、女の子をじっと見つめ小さく鳴き声をあげる。


「かわいいぃ~。ねぇ、お父さん!! にゃんこ飼いたい!!」

「ん~……そうだなぁ~……」

「ねっ!! いいでしょ!! お母さんもお願い!!」


 最初は飼うという意味がわからなかった私だったが、人の言葉はしゃべれずとも理解出来ていた私は、群れに迎え入れる事なのだと察した。

 私には仲間がいて、毎日が楽しい。

 けど私にはずっと無いものがあった。

 何故か家族の記憶がないのだ。

 だからなのか、他のみんなが心配なのもあったが、いつの間にか了承を得た女の子が私を抱き寄せても抵抗はしなかった。


「今日から私の家族になるんだよ!! いや?」


 嫌ではなかった。

 だからこそ私は抱きかかえている女の子の手をぺろりと舐めてやると嬉しそうにしている。

 そして私は始めて人間の住む「家」というものを知った。

 冬は暖かく、夏は涼しい。

 私は彼らから「ねこね」という名前をつけてもらい、たくさんの愛情をもらった。

 しかしそんな幸せな時間も唐突に終わりを迎える。


 突然の甲高い音が響き、次いで地面が揺れるような感覚に襲われた。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 私を拾ってくれた女の子が悲鳴をあげる。

 目の前には人間の乗る「車」という乗り物が女の子に向かってつっこんでいく。

 それを見た私は動けずにいる女の子に体当たりをして彼女を吹き飛ばした。

 そのおかげか、女の子は辛うじて衝突を免れ、かすり傷は負ったものの命に別状はない。

 しかし女の子の代わりに轢かれてしまった私は大きく宙を舞い、何mも離れた場所に叩きつけられてしまった。

 その光景を目の辺りにして女の子が声を荒らげる。


「ねこねぇぇぇぇぇ!!!!」


 見れば運転席から飛び出した男性が女の子に「大丈夫か?」と尋ねていたがそれを振り払い、千鳥足ながらも彼女が私に駆け寄ってくれていた。

 強く強く抱きしめてくれたその腕からはとても優しい気持ちが伝わってくる。


「ごめんね……。私のせいで……私を助けてくれたんだよね……」


 私は涙を流しながらも元気そうにしている彼女を見て満足そうに手をいつかのように舐める。

 初めて拾われた時から随分と大きくなったものだ。

 しかし私の意識は遠のき、気づけば清潔なふわふわのシーツの上に寝かされていた。

 辛うじて目は見えるけれど、体は全く動かない。

 そんな私の前には女の子とその両親が私を見て悲しそうにしている。


「ねこね。何か食べたいものはない? なんでもあるよ? お別れなんて……嫌だよ……」


 どうやら私の死期は近づいているらしい。

 年齢でいうと私はかなり長生きしたほうだ。

 それでも永遠の別れが悲しいのは、私だって一緒だ。

 毎日がとても幸せで、みんな優しくて、知らなかった家族の温もりをたくさん教えてくれた。


『とても幸せだった。私は果報者です』


 不思議なものだ。

 人の言葉を話せるわけもない私の気持ちがみんなに伝わったのだ。


「私もねこねがうちに来てくれて楽しかった。もっといっぱい遊んであげたらよかったね。でもきっと私なんかより大人で、たまに人間くさい所とかもあって……おかしかったよね。これが夢だったらいいのにって考えたけど……現実なんだよね……」

『私も夢だったらいいな。いつまでもみんなと一緒にいたいけど、もうダメみたい……』

「そんな事いわないで……。嫌だよ……」


 そして私は笑顔を浮かべたまま長い生涯を終えた。

 ただそれでも別れはつらいものだ。

 私の魂は体から離れても、この場所を去ろうとはしなかった。

 しかしそれは別の世界の理の中では許されない行為だったようだ。

 ただその強い思いが伝わったのか、私の前にある者が音も無くあらわれた。


「こんにちは」


 人の良い笑みを浮かべているが、それは人間ではない。

 今の体になってから霊という存在がいることに気づき、それらはとても希薄な存在だった。

 中には強い力を発している存在もいたが、特段興味がなかった。

 しかし目の前に現れた何者かは強い力をかつてないほどに放っていて、自然と体が萎縮してしまう。


「こんにちは。ねこねさん」

「どうして私の名前を知っているんですか?」

「それは、あなたの事をずっと見てきたからよ。あなたのような動物霊は力も弱く、強い力を持っていても悪い意味でこの世界に干渉してしまう」

「……私もここにいてはいけないという事なのですね」


 私は悲しかった。

 こちらの姿も声も届かなくても、私は一緒にいられるだけで幸せだった。

 しかしそれも終わりを迎えるのだと思い覚悟を決める。


「ふふっ。そんな怖い顔をしないでください。私はある提案をしにここにやってきたのですから。あなたにとって、いい話になるかもしれませんよ?」


 自分では気づかないうちに私は人の姿をした人ならざるものを睨み付けていたようだ。

 ただそんな事をしてもどうにもならないって分かっているのに不思議なものである。

 しかし話をしにきたという言葉に、私は不審者を見るような目つきへと変わっていた。


「そ、そんな顔をしないでください。まずは……そうですね……。私は人の言葉で言うところの神……のような存在です」

「怪しいです」

「そんなこと言われましても……」

「でもどうせ私にはどうすることも出来ませんし、話しを続けてください」


 逃げるべきか、抵抗するべきか悩んだがどちらを選んでも意味がないような気がした私は話しを聞くことにした。


「え~っと……そうですね。一言で言うと、あなたには力があります。そして強い思いは、私たちのような存在に力を与えます」

「そうなんですか」

「はい。ねこねさんは気づいていないかと思いますが、類稀なる力を秘めています。だからこそ、今も彼らに憑いていられるという事なんですよ。けど、それも長くは続きません」


 状況はイマイチわからないが、このままでは本当の本当に家族とお別れをしなければいけない時がくるらしい。

 だからと言って目の前に現れた神と称する者の話を全て鵜呑みにするのもどうかと思う。

 ただ、体の調子が時々おかしくなることがあるのも事実だ。

 記憶が飛んだり、食事や睡眠を必要としないのに眠るという行動を取るようになったからである。

 思い当たる節はあるが、それでも見ず知らずの者の話を間に受けて家族といられる残された時間を失うのは絶対に嫌だ。


「もしあなたがそのまま最後まで彼らといたいと願うならば私は何もいいません。ですが、私の元でその秘めた力を扱えるようになれば……彼らの守護者として見守る事も可能でしょう。さらに力をつければ……」

「それは本当ですか!?」

「嘘などついて何になるというのですか」

「それが真実だとして、なぜ私に手を差し伸べるのです。神だかなんだか知りませんが、あなたに利はないでしょ」

「……私があなたの強く優しい心に惹かれたから。っという事ではいけませんか?」


 とても強い力は恐ろしかったが、感じるその力はとても温かいものだ。

 もし彼らとの残された時間が少ないというのであれば、そういう選択肢もありなのかもしれない。

 守護者なんて大層な肩書きなんていらない。

 けどその結果、私の望む世界があるというならば騙されてみるのも一興だ。


「わかりました。私をどこへなりとも連れて行ってください」

「よかった。では早速参りましょう。さぁ、あなたがまた見たこともない世界……幽世へ向かいます」


 そしてその場所から一人の神と一匹の猫が幽世へと旅立った。

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