第77話/内秘願望
吉田夏樹.side
壁におでこをつけ、ぶつぶつと呟く。今の私の姿をオーディションが終わった美香と由香里が不審な目で見ていると思うけど、みのりのオーディションが上手くいきますようにと呟かないと落ち着かなくて胸が苦しい。
みのりはグループ内で現在四番手で…きっと悔しくて堪らないと思う。同い年の梨乃が躍進して、ドラマのヒロイン役を掴んで…もし私がみのりの立場だったら悔しくて惨めで逃げ出していたかもしれない。
リーダーとしてみんなを支え、引っ張り、みのりがいたから美香も由香里も良い子で、みのりがいたから…ここまでこれたんだよ。
アイドルグループはリーダーの資質がとても大事だ。みんなが支えたい、着いて行きたいと思える人だとまとまりができる。
私はマネージャーとしてはみんなに輝いてほしい。だけど、吉田夏樹個人としてはどうしてもみのりに報われてほしい。
鮎川早月はきっと田中さんがみのりを当て書きして描いたキャラだ。だったら、みのりが演じなくてどうするの!と思ってしまう。
「よっちゃん。オーディション終わったよ」
「みのり、終わったの⁉︎どうだった…」
「分かんないよ…でも、頑張ったよ」
みのりが落ち着いた雰囲気で頑張ったよと言うから少し安心した。緊張した面持ちで部屋から出て行ったから不安が強かった。
「みーちゃん、お疲れー」
「美香も由香里もお疲れさま」
無事オーディションを終えた3人がリラックスした雰囲気で戯れあっている。
きっと、緊張から解き放たれたのだろう。由香里は「お腹空いたー」と言いながらみのりに甘え、美香はみのりを先に取られたことに対して由香里に対抗心を燃やしている。
「ほら、みんな帰るよ」
仲が良いのはいいことだけど、みのりの取り合いをここでするのは勘弁してほしい。
でも、緊張するオーディションが問題なく終わって良かった。ホッとしたお陰で私もお腹が空いてきて今にもお腹の音が鳴りそうだ。
「みんな、ご飯食べに行こうか。私が奢ってあげるよ」
私の言葉にみんなが喜び、みのりはハンバーグが食べたいー!と私に笑顔を見せる。
可愛いな…この笑顔を守りたい。みんなの笑顔を守りたいよ。私にとってCLOVERのメンバーは大事な娘で夢の証。
藍田みのり.side
初めてのオーディションはとても緊張し、足が震えそうだった。番号を呼ばれ、オーディションを受ける部屋に入った時、本気で吐きそうになり緊張がピークに達していた。
でも、私の番号を呼ばれ立ち上がった時に監督から「はは、確かに鮎川早月だ」と突然言われ驚き、緊張が緩和された。私は鮎川早月になれているとそう思えたんだ。
声が上擦らないよう自己紹介をし、台本を渡され付箋が貼られた台詞に対して必死にどんな風に演じるか考える。
そんな時、よっちゃんの言葉が頭を過り…そして監督が言った言葉に素の私でいいのではないかと思い、私だったらと演じた。
車の中でため息を吐く。疲れと演技があれで良かったのかと葛藤しずっと悩んでいた。
後ろの席に座っている美香と由香里はオーディションどうだったんだろう?
美香の鋼の心臓が羨ましい。ずっと楽しそうで私はオーディションは楽しめない。
今日はこの後、ライブだ。本当はハンバーグを食べたあと寝たいけど頑張らないと。
もし、オーディションに受かったら、みんなの前で発表できたらと夢を見る。
可能性は低いと分かってる。だけど、大きな夢は夢を見ないと始まらない。
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