第212話/甘い本能

最近のお気に入りの伊達眼鏡を付け、私はよっちゃんが運転する車に乗り込む。おはようーと言いながら椅子に座るとテンションの高いよっちゃんから「おはよ!」と返された。


今日のよっちゃんはいつもよりテンションが高く、ノリノリで運転をしている。

車内に流れる音楽も夏にぴったりのテンポのいい曲で、今から海にでも行くのかな?って感じの雰囲気が醸し出されている。


昨日は不思議な感覚だった。友達の愛を後ろから抱きしめながら撮影をして。

写真を見た時、私は…大丈夫かな?と少しだけ不安になった。監督は満足そうな表情をしていたけど私からしたら普通だったからだ。





愛が私の足の間に座り、私に寄りかかる。私は愛を後ろから抱きしめながら、普通と異質の狭間に迷い込む。

カメラに映っている私達は本当に恋人同士に見えているのだろうか?


今日は昨日より愛との距離が近く、愛の匂いを強く感じる。美沙とも梨乃とも違う匂い。

私は香水の香りが好きじゃないから、愛が香水を付けないタイプなのが有難い。


そして…私が美沙や梨乃やメンバー以外に嫌悪感を抱く原因が少しだけ分かった。

私にトラウマを植えつけた人達は香水をよく付けていた。匂いは記憶として残る。


偶然だけど、美沙や梨乃、由香里・美香は香水を付けないタイプで、不思議な偶然だ。

私は自然とみんなに守られていたのかもしれない。みんなのお陰で嫌な記憶を呼び起こすこととがあまりなかった。



体勢を変え、愛と私は近距離で見つめ合う。互いに笑みを浮かべ、顔を近づける。

愛は人気女優で私より何年も先輩だ。19歳にして完成された可愛さがあって、愛はちゃんと自分の顔の良さを自覚してる。


色気もあって完璧で、ただ…恋愛をしたことがないって言ってたから、カットがかかるたびに「ドキドキする」と言ってきて、ギャップのウブさに笑いそうになる。



苅原絵里と柚木天が2人で過ごす休日



監督から設定は昨日から絵里が天の部屋に泊まり、次の日の朝の設定だと言われた。だから、甘い空気感を出すのが必須で…。

愛が私が付けている眼鏡を外す。この眼鏡は私が朝、付けていた伊達眼鏡で休日のラフ感を出すために使うことになった。


愛の唇に私の唇が重なる…


軽くもなく濃厚でもなく丁度いいキスってなんだろうね?監督に真剣な顔で言われたけどよく分からなかった。


でも…愛のお陰で役に入り込めそうだ。愛にキスをするため顔を近づけた時、愛の顔がとても綺麗で引き込まれた。

唇も柔らかくて、本番になるとスイッチが入る愛はやっぱり女優で本当に凄い。


触れるキスから熱いキスに変わった時、愛の吐息が間近で聞こえ、少しだけ体がゾクゾクする。愛の知らない部分を知った。


カットがかかると周りから「おぉ…」と言われ、私と愛は苦笑いした。だけど、監督から「最高!」と褒められて良かった。


「藍田さん、キス上手いね〜」


「えっ?」


「あっ、ごめん!これだとセクハラになるよね…褒めてるだけだから!」


「いえ。大丈夫です」


まさか、監督にキスが上手いと言われるなんて変な感じだけど褒められることは嬉しい。だけど、愛が小声で「私もビックリした…」と言うから戸惑ってしまう。


「じゃあ、次は別のカットを取るねー」


着々と撮影が進み、今日だけで私と愛は何回キスをしたかな?リハーサルを含めると6回はしてると思う。

こんなことを言ったらどうなの?と思われそうだけど私は愛とのキスに慣れてしまった。


愛だからこそ仕事だと割り切れるし、本番になると森川愛から苅原絵里になる愛のスイッチの入り方が凄くて私も楽だった。



撮影が終わり、私と愛は監督から何度も褒められ「ドラマの撮影、頑張ろうねー!」と熱い握手をし約束をする。

絶対ヒットする!とも言われ、私の体の芯が熱くなり気合いが入る。


私はアイドルとして歌もダンスも演技も頑張りたい。この欲深い感情は私の力の源であり、日に日に強くなっていく。


私は沢山の武器がほしい。芸能界で活躍するための武器を沢山手に入れて見せる。

キスが上手いとか自分では分からないけど、キスシーンを綺麗に見せれていた証拠だ。


これも私の1つの武器になる。

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