第156話/ココロの細胞のカケラ

映画の撮影が順調に進む。今回の映画は撮影期間が短いから私は1日、1日を大事にし演技を学ぶ場として吸収しようと必死だ。

それに美香も生徒役として撮影に参戦したことで私も気が楽で撮影が楽しい。


だけど、今日の撮影は高橋君とのキスシーンで緊張をしている。でも、隣で高橋君が何度も深呼吸をするから笑ってしまいそうだ。

高橋君も初めてのキスシーンらしく、何度も「緊張するー」と言っていた。


それにしても、高橋君は不思議な男の子だ。人気もあり、いかにもモテそうなのに純情で…私の周りにはこんな男の子いなかった。

今まで彼女がいただろうし、告白も沢山されてきたと思うのに純粋さが垣間見れる。


監督にこれからするキスシーンのリハーサルのため呼ばれ、私達は歩き出す。みんなで真剣に話し合い、リハーサルの撮影で…私と高橋君の唇が重なる。


久しぶりに男の人とキスをした…


やっぱり、高橋君は不思議な人だ。唇が柔らかく、女の子としている感覚に陥った。

微かに震えている手の振動が私の腕に伝わり、高橋君のピュアさが分かる。


でも、唇が離れ…高橋君の顔を見るとちゃんと男の子で身長も高く、体を鍛えているのが分かる体つきだ。


改めて男と女は違うと認識する。美沙と高橋君の唇はやっぱり違うし、美沙からは甘い香りがしたけど、高橋君からは柑橘系の香り。


照れくさそうにしている高橋君は何でこんなにも純情なのかな…芸歴が長いのに瞳がいつも綺麗だ。私とは大違いで眩しすぎるよ。





吉田夏樹.side


みのりと高橋君とのキスシーンを目の当たりにし、高橋君とみのりはお似合いで、やっぱりみのりは女の子だなっと思った。


私は高橋君とみのりとだったら…未来が想像できる。だけど、みのりと梨乃の未来は想像できない。理由は私がみのりを女の子として見ており、異性同士の恋愛しか知らないから。


私の中で同性同士の恋は漫画でしか知らず、未知の世界だ。妄想の世界。


カットがかかった途端、照れくさそうに笑う高橋君と優しい顔で微笑んでいるみのりが本当にカップルのようでお似合いだ。


なんて可愛いカップルなんだろう。少しだけ乱れた高橋君の前髪を直してあげるみのりは高橋君の彼女で見惚れてしまう。

でも、この光景をあゆはる・みのりの好きが見たらショックを受けるだろうな。


でも、2人を見ていると、こっちが正解だと言われているようで…改めてカップル売りの難しさにぶち当たる。


カップル売りは人気を得る手段ではあるけど、諸刃の剣だ。大きな危険性もあるし、利益をもたらす一方、損益もあり得る。



アイドルの恋愛は厳禁。だからこそ、メンバー同士のカップル売りが有効で、今まで色んなアイドルが使ってきた手段である。

事務所にとっても有効な売り方で、本人達に異性との恋愛発覚しない限り損益は生まないし売り込みをしやすい。


みのりの好きがみのりと高橋君とのキスシーンを見たらどんな感情を持つだろう?


怒り?

焦り?

困惑?


2人のキスシーンは夢から覚める呪いと一緒で、つまらない現実に戻される。でも、これは仕事だし割り切らないといけない。


妄想の幸せとリアルの幸せは対極的で難しい。アイドルに対する想いは空想の御伽噺であり自分だけの物語だからだ。



◇アイドルは何歳になったら堂々と恋愛をしていいの?

◆アイドルという職業でいる限り恋愛はダメ!そんなの当たり前でしょ!


◇30代になったら流石にいいよね?

◆絶対にダメ!だって、アイドルでしょ?


◇頭が硬いな…なんで、そんなに嫌なの?

◆アイドルだから。アイドルはアイドルを辞めない限り、恋愛禁止なんだよ。


◇いくらなんでも厳しくない?

◆だったら、アイドルを辞めればいい。


◇じゃ、ファンにバレないようにこっそり恋愛するのは大丈夫?

◆嫌だけど…それだったら


◇じゃ、結婚もバレなきゃいいってこと?

◆それは嫌!騙された気分になる


◇でも、さっきOKだって…

◆交際と結婚は違うでしょ!



昨日、夜にSNSのアカウントで匿名でやった質問を思い出す。CLOVERのエゴサーチをする時に使っている私個人のアカウント。

昨日は見る専門だったアカウントに気まぐれに思っていることを呟いた。


改めて世界は広く、暇人が多いなと思える日で、私の言葉(質問)に食いついてきた知らない人とのやりとりをした。

きっと、この人は本気でアイドル(推し)を応援しているのだろう。自分の人生を捧げて必死に応援している。


夢中になれることがあるのは幸せなことだ。だけど、その幸せはあくまで自分だけの幸せ。勿論、同調する人も沢山いると思う。

だけど…だけなんだよね。幸せに夢中なりすぎるとそれだけになる。世界は広く、沢山楽しいものがあるのに。


それでいいと言われたらこの話は終わりだけど楽しいことは複数あってもいいと思う。

なんて…芸能事務所で働いている私が言うことではないか。夢中で応援してくれる人がいなくなるとめちゃくちゃ困るからだ。

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