第136話/問題の羅列

吉田夏樹.side


頭が痛い。昨日、飲みすぎたせいで頭痛が酷くフラフラとベッドから立ち上がり、喉の渇きを潤すため水を飲みに行く。

冷蔵庫から取り出したペットボトルの蓋を開け、一気に水を飲む。この後シャワーを浴びたら二日酔いからやっと脱出できそうだ。


飲み掛けの水の入ったペットボトルを手に持ち、ソファーに座りながら携帯を触る。

今日はライブの日で、朝は事務所でメンバーと打ち合わせだからみんなのお迎えがなくゆっくりの朝を過ごしている。


それにしても頭が痛い。昨日は約束していた大学時代の友達の春菜と居酒屋に行き、夜遅くまでお酒を飲んでしまった。

今も私のベッドには春菜が寝ており、あと少ししたら起こさないといけない。友達の仕事は休みでも私は普通に仕事だ。


実は昨日、お酒の勢いもあり…ずっと誰かに聞きたかったこと春菜に質問をした。


「女の子を好きになったことある?」


春菜はお酒にかなり酔っていたけど、質問に答えてくれた。「ないよ」と。

酔っていたからこそ本当だとは思うけど、あっさり答えが返ってきて拍子抜けした。それに、この質問に対して理由を問われるかもと思っていたからドキドキしていた。


私はマネージャーとして、梨乃の気持ちを理解したいし、面倒な恋愛リスクをどう上手くやっていくか考えている。

だけど、同性のへの恋心は私にとって未知の世界でいつも困惑させられるし戸惑っている。


これから先、梨乃が女優としてアイドルとして成功するには藍田みのりが必ず必要だ。

梨乃を上手くコントロールするにはみのりの存在が不可欠で、梨乃はみのりによって良い方にも悪い方向にも行く。


梨乃のことを考えるといつも頭が痛くなる。やっと、仕事が順調進んでいるのに全く悩みが無くならず不安が拭えない。

梨乃は今が大事な時期で、私は早く梨乃に新たな女優の仕事をさせたい。みのりみたいに映画の仕事をしてほしいのだ。


だけど、梨乃はキスシーンNGで…本当はがむしゃらに仕事をする時期なのに、仕事を選ばないといけない状態にある。

今が顔を売るチャンスなのに、梨乃はアイドルの仕事を頑張りたいと言い張る。


私はチャンスを棒に振りたくない。名前を売り出し中の今、動かなければ梨乃の女優としての未来が消えてしまう。

どうにか…私がどうにかしないといけない。


あー!みのりが好きだから!

アイドルの仕事が好きだからって!

馬鹿なの?


芸能界は常に戦いの場だ。ライバルは無限に出てくる。新人で、まだCDデビューもしてないアイドルに仕事が来るのがどれだけ凄いことか、有難いことか梨乃は分かっていない。


何が何でも梨乃にはこれからも女優として活躍してもらう。マネージャーの私が梨乃の演技の才能を絶対に埋もれさせない。

みのりも新人ながら演技は上手い方だけど、梨乃には敵わない。梨乃は何も分かってないんだ。自分の最大の武器が演技なんだと。


頭をサッパリさせるためシャワーを浴びたら友達を叩き起こそう。私には沢山のやること、考えることがある。

私は必ず梨乃を森川愛と並ぶ人気女優にし、CLOVERをトップアイドルにしてみせる。


何が何でもだ…





松本梨乃.side


今日は大好きなライブの日で、朝は初めての歌番組への出演に向けての打ち合わせでずっとワクワクしていた。

私はやっぱり歌って踊ることが好きで、アイドルをやっているなって感じれるし、何よりメンバーみんなと一緒にいれる。


事務所の会議室のドアを開けると美香と由香里が既におり「おはよ〜」と言ってくれる。

私は笑顔でおはよ〜と返し、鞄を床に置き椅子に座った。みのりはまだ来ていないみたいで、先によっちゃんが部屋に入ってきた。


「みんな、おはようー。みのりがまだ来てないのかな?じゃ、みのりが来たら打ち合わせするね。あっ、そうだ!みんな!デビュー曲のCDできたよ!」


朝から笑顔が溢れる。よっちゃんからCDができたと報告を受け、美香と由香里も「やったー!」とはしゃいでいる。

CDを取りに行くため、よっちゃんが会議室から出て行った後、タイミングよく入れ替わりで帽子を被ったみのりが部屋に入ってきた。


今日のみのりはなぜか眼鏡をかけており…この姿はメンバー全員が初めて見る姿だ。

だって、みのりは視力が悪くないし、ファッションの一部として伊達眼鏡なんて付けていることが一度も無かった。


「あれ?みーちゃん、眼鏡?」


「うん…ちょっとね」


美香がみんなが疑問に思っていることを口にする。みのりは困った顔をしながら、困ったような口調で話し帽子を机の上に置く。


みのりの醸し出す空気が暗い。沈んだ顔色で、、会議室に重い空気が漂う中、よっちゃんが明るい声で手にCDを持ち「お待たせー」と言いながらドアを開け入ってきた。


「あっ、みのり来たね。ほら、完成したCDだよー。発売が楽しみだね」


「うわぁ。凄いー!」


「でしょー」


みのりが無理をして元気を装っている。でも、みのりはなんでもない風を装うなら私にはどうすることも出来ない。

みのりはきっと話してくれないから…


よっちゃんが笑顔でみんなに出来上がったCDを配ってくれた。私達は気まずい空気感の中、新品のCDを手に取り喜んだ。


CDのジャケットには私達が写っており、やっとここまで来たんだと胸が熱くなった。長かったメジャーデビューまでの道のり。

アイドルに憧れて、何度もオーディションを受け掴んだ夢。大好きなメンバーに会え、初めて本気の恋をしたみのりに会えた。


だけど、心の隅でモヤモヤが残る。みのりの心の内を知りたくて。

CDを見ながら嬉しそうに微笑んでいるけど、きっと何かに苦しんでいる。


私とみのりの距離はこんなにも近いのに…

私は何も出来ない。

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