第65話/変わっていく未来

松本梨乃.side


みのりが声を荒げる姿を初めて見た。私への拒否感を強く感じられ、私の馬鹿な一言のせいで優しいみのりが怒った。

さっきの一言は本音だけど…その本音が相手にとって傷つく言葉だったら喧嘩になる。


涙をボロボロと流す私にタオルで涙を拭こうとしてくれるみのりはやっぱり優しい。

私が傷つけたのに、私が勝手に泣いたことでみのりが落ち込んでいる。


「みのり、ごめんね…」


「うん…」


みのりに謝りながら抱きつく私は悪い子だ。こうすれば優しいみのりは許してくれるし、優しくしてくれるって分かっている。

ほら、私の頭を優しく撫でてくれた。強く抱きしめると抱きしめ返してくれる。


「梨乃…私って変なのかな」


「変じゃないよ…」


「でも、他の人にも美沙との関係が変だと言われたことがある…」


やっぱり…他のみんなも私と同じ意見なんだね。みのりと谷口さんの関係はどう考えても友達の関係を越えた異質さがある。


「私がみのりにキスをしたらどう思う?」


「えっ?」


「してもいい?」


「何、言ってるの…」


「そこは普通なんだね」


みのりの普通の定義は私とは違う。みのりはキスマークを付けられても、裸で抱きつかれても、手を繋いでも何も変わらない。

みのりにとって全部普通の行為で、みのりの感覚をバグらせている。


「梨乃…私の普通って違うの?」


「私はみのりとキスできるよ」


「えっ…」


「みのりは私とキスできる?」


「出来ないよ…」


「じゃ、谷口さんとはキスできる?」


「えっ、、」


みのりの素直な反応に苛つく。私とのキスはすぐに否定したくせに谷口さんとのキスは否定しない。きっと、一度谷口さんとキスをしているからで、谷口さんがみのりの中で異質で特別だから。


私は自分が大人しいタイプだと自覚している。きっと、みのりもそう思っているよね。

だから、みのりの中に今の私を植えつえける。みのりの頬にキスをし、みのりの中の私の像を打ち壊した。


「さっき言ったじゃん。私はみのりにキスできるって」


「うん…」


驚いた表情のみのりに勝ち誇る。これでみのりの中で私の印象が代わり、谷口さんに負けない異質さを植え付けた。

私は谷口さんに負けない。2人の絆がどれだけ強くても私が勝ってみせる。


きっと、みのりは変わらない。だったら、私が変わるしかないのだ。

恋をして大人しいだけじゃ、好きな人に振り向いてもらえないと学んだから。





吉田夏樹.side


ドア越しから一部始終を見ていた私はため息を吐く。梨乃のみのりへの本気度を知り、頭を抱えている状態だ。

梨乃のみのりへの想いを出来ることなら応援したい。けど、リスクが大きすぎる。


暴走する梨乃のことを考えると胃が痛くなってきた。キリキリと痛む胃を手で抑えながら必死に頭を巡らす。どうにか良い案はないだろうかと考え、邪な考えが浮かぶ。


梨乃は意中のみのりの為なら何でするはずだ。苦手な仕事も受け入れるはず。

私はCLOVERをトップアイドルにしたい。これは本当の思いで一番の願いだ。

まず、先陣を切るのは梨乃。梨乃を筆頭にCLOVERは上へ駆け上がる。



それにしても…まさか梨乃がキスをするなんて思わなかった。頬にだけど、梨乃はそんなことをするタイプではない。

きっと、梨乃を変えたのはみのりへの恋。


やっとメジャーデビューが決まったのに悩ましいことが多すぎる。明るい未来が見えてきたのに足元は砂利で歩きずらい。

今も抱き合うみのりと梨乃。仲が良いことはグループとして良いことだけど限度はある。


梨乃は金の卵だ。でも、いくら金の卵でも孵化できなかったら消えてしまう。

そんなこと絶対にマネージャーとして見過ごすことはできない。私は地下アイドルをやっている時…ずっと、苦しかった。


先が見えなくて、メンバーが信じられなくて、何でこんなにもツイてないんだろうって何度も自分の運の無さに悲観した。

でも、梨乃は違う。大きなチャンスを掴んだのだ。そして、梨乃次第でみのりも美香も由香里もチャンスを掴もうとしている。


変わっていく未来に暗い霧はいらない。まずは大きなチャンスをものにするのが先決だ。

私はグループの為だったら悪にでもなる。やっと、光が差し込んできたんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る