第64話/ブルーシャウト

昨日の夜も大学受験に向け、勉強をしており寝不足が継続中だ。でも、一度やると決めたからには手を抜きたくない。

今日は梨乃と振り付けの考える日で、事務所が借りているレッスン場に来た。


床に座り、フォーメーションを書いたノートを広げ音楽を流す。しばらく1人で振り付けを考えていると、梨乃がやってきて「おはよう」と言いながら私に腕を組んできた。


「梨乃、おはよう」


「もう、振り付け考えてるの?」


「うん、少しだけね」


ダンス経験がない私と梨乃は手探りでずっと振り付けを考えてきた。色んな人のダンス映像を見て研究して、梨乃がいなかったら逃げ出していたかもしれない。


「ねぇ、みのり…。付けているネックレス、最近買ったの?」


「これ?」


「うん。ほら…みのりはアクセサリー系をつけないタイプだったから」


「あー、確かに。これ、友達の美沙とお揃いなんだ」


私はネックレスを美沙と一緒に買いに行った日からずっと付けている。それに美沙から私は物を無くしやすいから仕事の時以外は外しちゃダメと言われた。


「そうなんだ…」


今日の梨乃は秋の空みたいな天気だ。急に声のトーンが下がり、テンションが低くなる。

そして、今度は怒りを含んだ声で「これ…どうしたの?」と言われ、首元を触られる。


「えっ?」


「赤くなってる…」


「えっ、どこ?あー、本当だ!多分、美沙がイタズラで付けたみたい」


梨乃に言われ、鏡で首元を見ると赤くなっており美沙のイタズラにやっと気づいた。

きっと、寝ていた時に付けたのだろう。あっ、だから…女の子達が騒いでいたのか。


「何それ…意味分かんない」


梨乃が眉間に皺を寄せ、不機嫌な表情をする。私は梨乃の低い声と表情に狼狽えた。

梨乃がなぜ、こんなにも嫌悪感を出すのか分からなかったからだ。


「やっぱり、みのりっておかしいよ…何で友達にキスマークを付けられたのに平気な顔をしてるの?あり得ないし…みのりは普通がおかしいよ。私には理解できない」


私の普通がおかしい…?梨乃の突然の言葉に頭をハンマーで殴られたような気分になる。確かに美沙にキスマークを付けられたけど、美沙のイタズラだと分かっている。


「それは…」


「谷口さんも変だよ!」


ただのイタズラなのに、梨乃に美沙のことまで変だと言われ悲しくなる。

美沙は私の一番の親友だ。だから、美沙のことをよく知らない梨乃に否定されるのはめちゃくちゃ嫌だった。


悔しい気持ちが湧き上がる。美沙との仲を否定された気がして、梨乃の普通を押し付けられた気分で苛立ちが募っていく。


「イタズラって…。普通、そんなのことしないよ。ちゃんと怒らないと、、」


「普通って何…?そんなの、人それぞれじゃん!それに、美沙のことよく知らないのに勝手に変とか言わないで」


「みのり…。ごめん、、言いすぎた」


いつも、私と美沙との仲だけ否定される。みんな、美沙がいない時は私に引っ付き、ベタベタするくせに美沙との距離だけ否定する。


梨乃だって私に抱きついてきたり、美香や由香里も私の太ももに座ったりする。私と美沙の仲と変わらないのになぜ私達だけ否定をするの?なぜ、目の敵みたいなことを言うの?


人前で泣くのが苦手なのに悲しみの涙が大量に流れ、心が痛くて苦しかった。


人間はみんな身勝手だ。みんな自分の考えを押し付ける。私の気持ちを考えず、身勝手な思いを押し付けてくる。

何で自分の考えが正しいと思うの?そんなの人それぞれなのに…


自己防衛のシャットアウト。怒ることが苦手な私の唯一の逃げる手段であり、昂っていた感情が一気に冷めていく。


「梨乃…ごめん。今日は帰るね」


「えっ…みのり」


「触らないで!」


梨乃に腕を掴まれ、梨乃の手を振り払う。何度も繰り返す否定に心が耐えられない。


「やだ!行かないで!」


タオルとノートを持ち、部屋から出て行こうとする私に梨乃が私の背中に抱きつく。

梨乃の勢いが強すぎて私は手に持っていたタオルとノートが床に落としてしまった。


「ごめん…ごめんなさい」


梨乃が泣いている。友達に泣かれるのが嫌いで、何もできない自分が嫌いだ。


「梨乃…涙拭こう」


私は床に落ちたタオルを拾い、泣いている梨乃の目元に持っていく。友達の泣き顔はきっと永遠に好きになれない。

私がアイドルが大好きだからかな。めちゃくちゃ楽しそうに歌い踊るアイドルが大好きで、アイドルスマイルは最強だ。


笑顔は周りの人を幸せにする。特にアイドルの笑顔は世界中を幸せにする。

そんなアイドルになりたくて、アイドルになったのに私は泣かせてばかりだ。

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