第63話/私のルチルクォーツ
吉田夏樹.side
余程お腹が空いていたのか、熱々のハンバーグを凄い勢いで食べる梨乃を見ながら、私は甘いチーズケーキを食べつつ、ブラックコーヒーを飲む。
緊張から解き放たれた後に食べる甘いデザートと苦いコーヒーは最高の組み合わせだ。
今だけは仕事のことを忘れようと、至福の時間を楽しんでいると机の上に置いてあった私の携帯が振動で動く。
私がずっと知りたかった「彼女はちょっと変わっている」の主人公役の演者の情報がやっとこっそり回ってきた。
あー、やっぱりだ。今、絶大な人気のあるアイドルグループの高橋賢人君だ。
梨乃と同じ歳で、既に何作かドラマや映画に出演しており、この作品が初の主演になる。
ファンが待ちに待った主演作品。人気漫画が原作できっと盛り上がるはずだ。
そして、主題歌も高橋君が所属するグループが担当する。まぁ、これは当然だろう。
これでドラマがある程度ヒットする要因が揃った。それに、高橋君と漫画の主人公の雰囲気がちゃんと合っており、ドラマの作成側もキャストをちゃんと合わせてきている。
後は他のキャスト次第。まぁ、でも高橋君の人気度で十分期待はできる。それに、よほどのことがない限り原作ファンも納得する。
でも、私としては…この作品の肝はヒロインだと思っている。物語の主軸がタイトル通り、ヒロインが変わっている話だからだ。
だからこそ、色んな事務所がヒロイン役を自分の事務所の役者にと思っているし、人気のある高橋君との共演は便乗商法の1つだ。
「よっちゃん、食べないの?」
「えっ?」
既にハンバーグランチを食べ終え、食後の紅茶を飲みながら、私のチーズケーキをこっそり食べている梨乃が携帯を見てずっとフリーズしていた私に声を掛けてきた。
「あー、かなり減ってる」
「だって、食べないから」
梨乃は見た目のせいで大人しいイメージがあるだけど意志が強かったり、度胸があったりとギャップが多い部分がある。
だから、梨乃がアイドルになれたのだけど、芸能界で活動していくには強靭な度胸や強い意志がないと挫折してしまう。
だから、良いことだけど私のチーズケーキを半分以上食べた罪は重い。何がなんでも舞台やドラマなどのオーディションがあったら受けさせてやると決めた。
「梨乃、覚悟しなさいね。食べ物の恨みは根深いわよ」
「そんな、酷いよー」
「私はみのりみたいに優しくしないからね」
梨乃が私の言葉に拗ね「ケチ…」と言う。でも、みのりが優しすぎる分、マネージャーの私が厳しくしないといけない。
みのりも厳しい部分を持ち合わせているけど余程のことがない限り怒らない。
そして、梨乃がみのりに惚れる気持ちが分かるぐらい良い子で、私の頭を悩ませる。
今からメジャーデビューするアイドルに恋愛は当たり前に御法度で、もし…付き合ったとしてもグループとして存続が難しい。
上手くいっている間はいい。でも、別れたらきっとグループの中は最悪な空気になる。
そして、梨乃がみのりに告白して振られた場合も最悪なパターンにしかならない。みのりに振られたら梨乃は…グループを辞める。
私にとって梨乃のみのりへの気持ちは八方塞がりで非常に困る。それに、みのりは梨乃に対して友達以上の気持ちを持っていない。
最悪なパターンしか出てこない恋。アイドルにとって恋はチャンスになることはなく、ツーアウトになり、いつスリーアウトになり降りるかの状態に陥いる。
これは私の元地下アイドルとして、マネージャーとしての経験で未来だ。
◆ファンがアイドルに求めているのは純白
◆真っ白なアイドルを求める。
アイドルに汚れという色が付いてしまうと前と同じ感情で応援できなくなる。同じ感情は二度と戻ってはこないのだ。
そして、ガチ恋ファンを失う。これは事務所にとって一番の痛手であり、一番お金を落としてくれるファンを失うことになる。
梨乃は今まで誰とも付き合ったことがない。だからこそ、今…初めての恋に(みのりに)夢中になっている。
経験上、一途なタイプは暴走しやすい。周りが見えなくなり、後で後悔するパターンが多いのにその時の感情に飲み込まれ失敗する。
私はアイドルグループで恋愛に夢中になり、消えていった人達を沢山見てきた。
卒業時はやる気に満ち溢れているけど1人になった時、自分の実力を思い知る。
所属するグループが売れたからと言って、個人の人気は比例しない。
卒業後、グループに所属しているからこその人気だと知ることになる。
もちろん、卒業して人気が出る子もいる。だけど、そんなことは稀で卒業してから成功する子は1割には満たないのが現実だ。
でも、梨乃はきっとグループを卒業しても女優として成功すると自信がある。だからこそ実力を付けさせたいし、実績を作りたい。
何年もこの業界にいると、見えて来るものがある。きっと、この子は売れると。
だから、金の卵を大事に育てたい。間違いを起こさないよう、マネージャーの私が割れやすい金の卵を守らないといけないのだ。
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