第66話/ハルカナミライ

悪い意味ではないけど、梨乃が変わった気がする。私の知っている梨乃だけど、違う梨乃にも見えて戸惑うことが増えた。

梨乃ってこんなに距離感を詰める子だっけ?と考えてしまうほど、私と梨乃の距離は近い。


さっきは頬にキスをされ…めちゃくちゃ驚いた。梨乃とのスキンシップは多くはなったけど…そんなことをするタイプじゃなかった。


「みのり…」


熱のこもった瞳の梨乃が私との距離を更に詰めてこようとする。梨乃の瞳のせいで足が動かなくなっている私は更に体が硬直し、梨乃を見つめることしかできなかった。


「みのり、梨乃。振り付けは進んでる〜?」


突然ドアが開き、よっちゃんがレッスン室に入ってきた。私はよっちゃんの声で体の硬直が取れ、梨乃は不機嫌そうに近づいていた顔を私から離し私の服を強く握る。

なぜだろう。悪いことはしていないのに、悪いことをしている気分になった。


「梨乃…ちょっといいかな?」


「何…」


「みのり、梨乃を少しのあいだ借りるね」


不機嫌そうな声で返事をし、よっちゃんに渋々着いていく梨乃の後ろ姿を見送った後、私は床に仰向けに倒れる。

私の知らない梨乃にどう接すればいいのか分からなくなり頭がこんがらがる。


目を瞑り、頭を一度空っぽにするため未来のことを考える。私はメジャーデビューに向けてやることが沢山ある。

これから仕事でMV・雑誌の撮影などあり、大学受験の勉強もしないといけない。


それにまだ、カップリングの曲の振り付けも終わってない。だからこそ、今は前だけを向かないといけない。

やっと…夢が叶う位置に来ているんだ。立ち止まっている暇なんてない。





でも、人生は残酷で飴と鞭ばかりだ。

どうやったら強くなれるかな…?

やっと、前向きになれていたのにまた私の目の前を真っ黒になる。


レッスン室にいた私はよっちゃんに呼ばれ、梨乃と事務所に戻ることになった。事務所の会議室にはなぜか美香と由香里もおり、梨乃がずっと不機嫌そうな顔をしている。


私は梨乃と一緒に椅子に座り、みんなの顔を見回す。美香も由香里もなぜ呼ばれたのか分からないみたいで今の状況に戸惑っている。


よっちゃんが私達の前に立ち、みんなに話があると改まった口調で言うからみんな背筋を伸ばし、緊張した面持ちで息を呑んだ。


「梨乃がドラマに出ます!4月から始まるドラマで、そのドラマのヒロインを梨乃がやることになりました!」


「えー!!!」


よっちゃんの言葉に美香が雄叫びに近い声で驚いている。由香里も「えっ…」と絶句に近い声を出し驚いている。

私は言葉が出なかった。だって、私の予想を越えた発表だったからだ。


「みんな、知ってるかな?奏多みどり先生の彼女はちょっと変わっているって漫画」


「知ってるよー!だって、人気作品だもん」


美香が目を大きくしながら興奮気味に答えている。確か、参考書を買いに行った時に本屋さんに山積みにしてあった本だ。ポップに大人気作品だと書いてあった。


「梨乃は昨日、その作品のオーディションを受けて先ほど合否の結果の電話が来たの。23時台のドラマだけど人気漫画が原作だし、これはメジャーデビューするCLOVERの躍進になるよ!みんなも頑張ろうね!」


よっちゃんが興奮気味にCLOVERの躍進になると言っているけど、私の心は正反対に真っ黒な色に染まっていく。

海の底に沈んでいくように静かにそっと暗闇に落ち、呼吸が出来なくて苦しい。


私はいつまでも梨乃に追いつけない。

いつも、私だけが沈んでいく。


「ねぇ、なんで梨乃ちゃんだけオーデションを受けたの…。その漫画って設定は高校生だよね?だったら、私達全員受けれたよね」


由香里が怒った口調でよっちゃんを質問をする。確かに梨乃だけがオーディションを受けることは不公平に感じる。

それに由香里と美香は現役の高校生だし、寧ろ2人の方が設定に合う。


「ごめんね…梨乃に直接オーディションのオファーがあったの。私も最初は驚いたよ、だってCLOVERはこれからだし」


「りっちゃんにだけオファーがあったの?」


「うん。原作者の推薦って聞いてる。でもね、推薦があったからって受かるわけじゃないし、ちゃんとオーディションをして梨乃が勝ち取った役だよ」



耳を塞ぎたい。

もうこれ以上…惨めになりたくない。

美香、これ以上聞かないで。

私が壊れてしまう。


ウラヤマシイ

クヤシイ

ワタシハ、マタ…マケグミ

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