第60話/アイドル好きのヒロイン

松本梨乃.side


私と同じ空間にはドラマの監督とプロデューサー、さっき私の前に席にいた森川さんもいてここは私にとって異空間だ。

重い空気と重い感情が見え隠れする空間は異質で、誰も知らない場所に1人で来るのは久しぶりで早く帰りたい気持ちが強くなる。


元々自信なんてないから自信喪失などはないけど、可愛くて綺麗な子達と一緒にいると場違い感を感じ、下を向いてしまいそうになる。

よっちゃんに絶対に下だけは向いちゃダメと言われている。だから、必死に前を向いているけどこの空気感がキツくてしんどい。


せめて、自己紹介だけは頑張ろうと決めているから早く終われと心の中で願う。演技はどうしようもないから諦めているし無理だ。


「それでは始めます。まずは20番の方、自己紹介をお願いします」


「はい」


慣れた感じで、ハキハキと自己紹介をする森川さん。私と同い年なのに佇んでいるだけで既にオーラが違う。

周りを惹きつける魅力があり、でも…ヒロイン役とは正反対の魅力だ。ヒロインの佐藤小春が静だとしたら森川さんは動である。


でも、演技の上手い人はどんな役でも演じられる。既に多数の映画やドラマに出ている売れっ子女優は何にでも化けられる。

スタッフの人が森川さんに台本を渡す。今から演技の審査が始まるみたいで、一瞬で部屋にただならぬ緊張が走る。


監督に付箋が貼ってあるページの台詞を演じて下さいと指示され、たった数十秒のうちにどんな情景の台詞なのか理解し演じ始めた。

やっぱり、プロは違う。演技に圧倒されるし、他の子達も息を飲んでいる。


「ありがとうございました!」


森川さんの演技に監督達の表情が明るい。きっと、既にこの子で行こうって内心決めているはずだ。だったら、もうオーディションなんて中止にしてほしい。結果が決まったなら私が演技をする必要が無くなる。


「では22番の方、自己紹介お願いします」


ネガティブモードに陥っていた私は慌てて「はい」と言う。いつの間にか自分の番が回ってきており、急いで立ち上がり自分の名前を出来るだけハキハキと言った。


「22番、松本梨乃です。よろしくお願いします」


「松本梨乃さん…あぁ、松本さんか」


なぜだろう?監督の様子がおかしい。監督とプロデューサーの人が私のプロフィールが書かれた紙をジッと見つめ、私のことを強い眼差しで見つめる。


でも、すぐに表情を切り替え、監督に「それでは、付箋が貼ってあるページの演技をお願いします」と言われた。


渡された台本には私が一番共感したシーンに付箋が貼ってありちょっと嬉しかった。

今から私が演じるシーンはヒロインの子がアイドルについて語るシーンで、一番共感できる場面だった。


ヒロインが主人公の男の子にアイドルについて熱く語り、アイドルがどれだけ尊く凄いのかまるで私の心の内のような台詞で好きだ。

私は自然と台本を見ながらヒロインと同じ気持ちで台詞を言う。中学時代、虐められていた私の唯一の心の支えはアイドルだった。


アイドルがいなかったら私はCLOVERにいないし、みのりにも出会えていない。私にとってアイドルはとても大事な存在で、なくてはならない存在なんだ。


アイドルって最高だよね!分かるよ、私もアイドルが大好きだから。

アイドルに出会えたから今の私がいる。変われたの、嫌いだった自分から。


「えっと、、ありがとうございます!」


演じ終わった私は素に戻り、慌てて頭を下げる。ちょっと興奮しすぎた。

失敗したなって思っていると、周りからチラチラと視線を感じる。目の前にいる偉い人達が、何か話しており…20番の森川さんからも強い視線を感じた気がした。

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