第59話/多面的思考

松本梨乃.side


私はよっちゃんに朝から車で大きな建物に連れて行かれる。初めて来た建物の中に入ると私と同じぐらいの年齢の女の子が沢山おり、みんな緊張した面持ちだ。

私はドラマのオーディションに来ている…。来てしまったって言った方が正しいかも。


受付を済ませた後、待合室みたいな部屋に案内され、中に入ると私の知っている女優さんもいて場違いの場所に来た感が凄い。

私だけ無名って訳ではないけど、それでもきっと私は最下層の知名度しかないはず。


椅子に座り、部屋を見渡すとみんなではないけど髪型が黒髪で私と同じ髪の長さの女の子が沢山おり、ドラマのヒロインの子のイメージに合わせてきているのが分かった。


手には原作の漫画本を持ち、内容を勉強をしているのか静かにページを真剣な目で見入っている。私も一応、原作の漫画を一通り読んではきたけど、みんなと同じような熱量はなく普通に楽しみながら読んで終わった。


そんな中、オーディションを受けないよっちゃんが落ち着きなく、そわそわとしながらオーディションを受ける子達と同じように緊張しており、オーディションを受ける私は冷静で何で?と笑ってしまうそうだ。


私も緊張をしているけど、周りの人達より緊張していないのは、どうせ受からないオーディションだと他人事ですでに諦めている。

でも、よっちゃんにCLOVERの為になるからと脅されており一応…頑張ると決めている。


「梨乃…頑張ってね」


「うん」


私の後ろにいるよっちゃんが不安そうな声色で応援してくれる。でも、応援なんて私には不要だ。受かるはずがないのだから。

だって、周りを見たら分かる。みんなの目が真剣で私とは全く気合いが違う。


演技経験もなく、無名の私が受かる可能性なんて0%で、私の前の席には映画やドラマで活躍している若手女優の森川愛がいた。

きっと、受かるのは森川さんみたいにすでに知名度もあり実力がある人だ。オーラから華やかで、私とは違いすぎる。


オーディションを受けるドラマは監督も脚本家もこれまで何本もヒット作を生み出してきた凄い人だってよっちゃんが言っていた。

話を聞いた時、私は「へぇ」としか言えず、よっちゃんにもっと驚いてよと拗ねられた。でも、仕方のないことでどうでも良かった。



【彼女はちょっと変わっている】



アイドルが大好きな男の子とアイドルしか興味がない女の子のお話で、アイドルが好き・アイドルしか興味がない(仕事の面について)という共通点がある。

私にとってアイドルは無くてはならないもので出会わなかったら今の私はいない。


こっそり、携帯でみのりの写真を見つめる。アイドルと同じぐらい大好きなみのりの写真を見ていると安心するし仕事を頑張れる。

でも、スタッフの人に私の番号を呼ばれた時…アイドルのオーディションを思い出し、強い緊張が私を包む。


私と一緒に廊下を歩いている女の子達からも強い緊張が感じられ、私がいる場所は芸能界なんだと認識する。

ずっと、ライブばかりしてきたから芸能人という感覚が弱かった。ここにいる人達はみんな芸能人でオーラがある。


特に売れっ子の人は座っているだけで輝いており格が違う。必ず受かってみせるという気迫もあるし、自信が漲っている。

私とは正反対でこういう人が勝ち取っていくのだろう。私は負け確定の試合に挑もうとし、負けることを自覚している。


あっ、そう言えば…もう1つヒロインと共通点があった。ヒロインと一緒でアイドルに助けられ、アイドルを崇拝している。

アイドルは心の拠り所で、無くてはならないもの。私もアイドルに出会ったからこそ、変われたし恋をした。



彼女はちょっと変わっている。この話は不思議な話だ。ヒロインが主人公の男の子に惹かれず、同級生の女の子に惹かれていく。

バスケ部で主人公の幼馴染の鮎川早月は佐藤小春を初めて守ってくれた人で、ヒロインの王子様的存在になる。


スタッフの人に案内され緊張感が漂っている部屋に入ると、更にドキドキしてきた。椅子に座り、太腿の上に置いている手をグーにして息を整える。

やっぱり、オーディションは緊張する。受からないと分かっていても、空気感や面接をする人達の視線が私を強烈に縛りつける。


でも、私も少し変わっている。緊張しているのに、みのりのことを思い浮かべると気持ちが楽になっていく。

みのりは私の安定剤であり、早月のように私を守ってくれる人。女とか男とか関係ない。私にとってみのりはナイトなのだ。

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