第56話/過去のリフレクション

私にとって恋なんてどうでもいいし興味がない。でも、これは私が本気の恋をしたことがないからで…ぎゅうぎゅうに4人で座っている私達の前に真剣な表情で座るあきら君を見たら恋って凄いなって感心してしまった。


ただ、関心と裏腹にあまりにも席が狭く体が痛い。あきら君と対峙するため無理やり定員数3人掛けの椅子に4人で座り、私は窓側に追いやられ身動きがとれなくなった。


「由香里…今日はごめん」


最初に口火を切ったのはあきら君で申し訳なさそうに由香里に謝る。私はあきら君の落ち着いた態度に安堵した。興奮をしていたら話にならないからだ。


「びっくりした…まさか、あきらがいるなんて思わなかったから」


「だよね…」


静かに2人の会話が進んでいく。さっきまで怒りで興奮していた美香は今のところ俯瞰して2人を見守っている。


「あきら…はっきり言うね。私はあきらとはヨリを戻すつもりはないから」


「分かってる…」


あきら君の顔が悔しそうだ。由香里に気持ちがないとハッキリ言われたのと一緒で、あきら君の片思いはあっさり玉砕した。


「あと…ライブには来ないでほしい」


「えっ、なんで…。友達としてならいいでしょ。見るだけだし」


「ファンにあきらとの関係を知られたくないから来ないでほしい」


ショックを受けた表情のあきら君が下を向く。少しでも由香里のそばにいたいのにそれさえも由香里から拒否された。

でも、アイドルの由香里にとって当然なことで元彼が仕事場に来られるのは困る。


しばらく沈黙が続き、このまま話は終わると思っていた。でも、恋はそう簡単に割り切れるものではなく拗れるものみたいだ。

あきら君がボソリと「俺は消したい過去かよ…」と嘆いている。


私はあきら君に対し、消したい過去でなく終わった過去なんだよって言いたかった。

でも、きっとあきら君からしたら私の言葉は傷に塩を塗る言葉であり受け入れられないし、簡単に受け入れるならここにはいない。


「女々しいな…もう終わってるのに」


あきら君の言葉を聞いて大人しくしていた美香がボソリと呟く。きっと、あきら君の態度にイラついたのだろう。

美香の言葉にあきら君が顔を上げ、不快な表情をする。関係のない美香に女々しいと言われたことが癪に触ったのだろう。


美香の言葉で空気が変わる。あきら君の我慢していた感情が爆発してしまった。


「うるせぇよ!他人が俺達のことに口出すんじゃねーよ!」


「はぁ?あんたが終わった関係に縋っているからでしょ。友達って…マジで気持ち悪い。あんたのことを好きじゃないゆーちゃんを追いかける暇があったら、次の恋に行ったらいいじゃん」


まずいことになってきた。あきら君も美香も喧嘩モードに入り、当人の由香里はこの状況に戸惑っている。

私は美香に「落ち着いて…」と声を掛け、この場を静めようとする。2人が喧嘩をしたらせっかくに話し合いの場が壊れてしまう。


「あの…今日は何でライブに来たんですか?今まで、一度も来てないですよね?」


ずっと、みんなの話を聴く側だった梨乃が落ち着いた声であきら君に質問をする。梨乃の落ち着いた口調にあきら君の気持ちが少し落ち着いたのか、興奮が治ってきた。


「由香里がデビューするって知って、一度ライブを見たくて…」


「由香里がデビューするからまた付き合いたいって思ったってことですか?」


「違う!前々から…ヨリを戻せたらって」


「でも、ずっと動かなくてデビューが決まって動くなんて由香里が困るって考えなかったんですか?アイドルに恋愛はご法度だって知ってますよね?何で、やっと決まったデビューの時期に由香里を困らせるの?」


「それは…」


あきら君は梨乃の言葉に悔しそうにし、由香里の顔を見ながら申し訳なさそうな顔をする。気づいたのだ。動くのが遅過ぎたと。


「ずっと、ライブを頑張って念願のメジャーデビューなんです。お願いです、応援をして下さい。私達はやっと夢へ走り出して、止まるつもりはないです」


「あきら…私はアイドルを頑張りたいの。やっと、夢が叶うの…」


梨乃の畳み掛けるような言葉と由香里の言葉を聞き、あきら君は項垂れる。自分の想いは叶わないと分かり落ち込んでいる。





恋は色々なものを盲目にさせる。由香里に「ごめん…」と言い、帰っていったあきら君を見て安堵しため息を吐く。

めちゃくちゃ疲れたし、私は何も出来なかったけど、改めて思った事がある。


恋愛は上手くいかなったり、恋愛に夢中になり盲目になるとタチが悪いってこと。

お陰で私の中にある嫌悪感が溜まっていく。やっぱり恋愛なんて私にはいらないものだ。



冬は寒さの対比が凄い。ファミレスの中が暖かった分、駅に向かう道のりでの寒さが身に染みる。私達は何度も「寒いー」と言いながら小走りで駅まで向かった。


私は駅に着くと、よっちゃんにあきら君のことを報告する。よっちゃんからすぐに「良かったー」と返事が来て、長かった1日がやっと終わると安堵できた。


でも、今日は梨乃の知らなかった一面を知り驚いた。私の中で梨乃の印象が変わり、梨乃はやっぱりアイドルだと思った。アイドルは強くならなければ生きていけない。

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